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第33話

 夜、大好物のレモネードを飲みながらふと窓の外に目をやると、バルコニーにあの時の鳥が止まっていた。これは珍しい! 


「また来てくれたのか!【あの時はすまなかったな。ひよこ豆を当ててしまって】」


 ギルバートは爆発したトウモロコシ人形の中身のひよこ豆をそっとバルコニーに撒いてやると、鳥はお腹が減っていたのか、警戒する事もなくバルコニーに下りて来た。嬉しい反面ドキリとするギルバート。


【鳥は遠目では可愛いんだが、どうしてあんなにも首が回るんだ……】


 とは言え、鳥は好きだ。ひよこ豆を少しずつ撒きながらレモネードを堪能していると、鳥の足に何かが引っかかっているのが見えた。


「なんだ? お前、何かついているぞ、可哀相に」


 やたらと人慣れしている鳥に手を差し出すと、鳥はちょん、とギルバートの腕に乗ってきたではないか!


【おお! 乗った! あ、いや、その状態でこっちを見るな! 怖い怖い! 首がもげるぞ!】


 内心ビクビクしながら鳥の足に絡まった白いリボンを解いてやると、鳥は反対の足を差し出してきた。


「なんだ、気に入っていたのか。【なるほど、このリボンはお前の飼い主がつけてくれたのか。それは悪い事をしたな。よし、それならば】」


 どうせならもっと可愛い色にしてやろうと、ギルバートは鳥を腕に乗せたまま寝室からトウモロコシ人形の首に巻かれていた赤いリボンを取り出して、もう片方の足に括りつけてやった。


「どうだ? 白より赤の方が格好いいだろう?」

 足に結んだリボンを確認した途端、鳥はギルバートの腕から飛び立って行ってしまう。


 ふと鳥の足に括りつけられていた白いリボンを見ると、リボンには『チェンジ・騎馬』と書かれている。模様があったのか。確かあのトウモロコシ人形のリボンには『イエス・モロコシ!』と書かれていたような気がする。まぁ、似たような語呂だし問題ないだろう。もしもまたやってくれば、その時に返せばいいか。


 ギルバートは小さな欠伸を零し、いそいそとベッドに潜り込んだ。そろそろ一日一ポエムの時間だ。


『寝る前に、あの人の事を思い出すの。そうしたら朝までずっと考えちゃって、眠れなくなるから要注意♪』

「その通りだ……【流石キャンディハートさんだな。眠る前にロタを思い出すとダメなんだ。朝まで徹夜コースまっしぐらになってしまう……ああ、言ってるそばから! 白パンの白パンが白パンで……白パン……】


 何の呪いかと思う程、ロタの顔が思い浮かぶ。ついでにあの可愛らしい白パンも。こんな事を考えていたら今日もまた――。


 案の定、明け方にトイレに行って事なきを得たギルバートは、もう眠る前にロタの事を考えるのは止めようと心に誓った。どれほどキャンディハートさんが勧めてきても、だ。こんな事では体がいくつあっても足りない。


 フラフラしながらギルバートは週明けの教会に向かった。ついこの間ロタに会った所だが、この教会でこっそり会うと言う背徳感もなかなか止められないのだ。


 いつものように三番目のドアに入ると、そこには既にロタが居た。小窓から本来は顔を出してはいけないのだが、どうせお互いもう顔見知りだ。


「おはようございます、ギル!」

「おはよう、ロタ。ところで、それは?」


 ロタの持っている見た事のない装丁の本にギルバートが首を傾げると、鞄の中からロタがもう一冊同じ本を取りだしてきた。


「これです! 行きつけの本屋さんから入荷のお知らせがあったので、ギルの分も買っておきました!」


 そう言って小窓から渡されたのは、まさかのキャンディハートさんの新刊だった!


「い、いいのか!?」


 嬉しくて思わず立ち上がったギルバートに、ロタは慌ててシーっと合図してくる。その仕草が絶妙に可愛すぎて心臓がギュっとなる。やはり、いつかギルバートはロタに殺されるだろう。


「いいんです! いっつもギルにはお世話になってるし。あのプレゼントも嬉しかったです」

「ああ、そうか! 気に入ってくれたなら良かった。どうだった?」


 グラウカのお菓子は美味かっただろう? ロタも今すぐ悪役令嬢の身代わりなど止めて、グラウカに来ればいいのに! そんな事を考えながらギルバートがロタに言うと、ロタは笑顔で頷いた。


「はい! 凄いですね! グラウカにはあんなにも沢山の種類があるんですね!」

「ああ、そうなんだ! また遊びにくるといい。もちろん、戦争が終わってからゆっくりと」


 そう言って語尾を弱めたギルバートにロタが悲し気に視線を伏せる。


「ええ、喜んで……でも、私もどうなるか……」

「? どういう意味だ?」


 何か意味深な言葉を口走ったロタにギルバートが問うと、ロタはハッとした顔をして口を噤んだ。


「いえ、私の生活にも、もしかしたら影響あるのかな、ってちょっとだけ思っただけです。深い意味はないので、気にしないでくださいね!」

「……そうか? 本当に? 何か悩みがあるなら聞くぞ?」


 ギルバートの言葉にロタは笑顔で首を振った。


「悩みなんて抓んでポイです! ギルと話してると、何だかどうでも良くなっちゃいました」


 そう言って笑ったロタは、どこか儚げで美しかった。これ以上根掘り葉掘り聞いても失礼になるかもしれない。言いたくない事など、誰にでもあるしな。

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