しかしアルバはどうだ。末の姫に実権を握られている? そんなおかしな話があるか?
「じゃあ今回の事は悪役令嬢の独断なのか。アルバ自身は何の関わりもないと?」
「ああ。そうみたいだな。ほんと、とんだ女だよ」
「ほんとだな。で、お前、それ誰に聞いたんだ?」
「俺か? アルバの奴だよ。商人なんだ。アルバでは今、そんな噂が流れているらしい」
「へぇ」
嘘だな。ギルバートは咄嗟にその兵士の甲冑の兜の下の方にあるナンバーを覚えた。グラウカの甲冑には、全ての兜と足の裏にナンバリングがしてある。
それは、戦死した者が身元不明にならないようにだ。
【この男は嘘をついている。という事は、これが間者か。問題は、アルバの者かモリスの者か、どちらだ?】
ロタがあまりにも不穏な事を言うので、あの後すぐにサイラスに言ってアルバに使者を送ってもらった。相手はアルバに拠点を置いている筋の良い情報屋だ。この男にはいつも大変お世話になっている。
その男から買った情報にそんな話は一切なかった。一応悪役令嬢の話も聞いてもらったが、些細な話過ぎて、思わず吹き出しそうになったほどだ。そして思わず思ったのだ。悪役令嬢にも可愛らしい所があるのだな、と。
ロタは言った。アルバは信用してはいけない、と。もしもシャーロットが仕組んだのなら、姫様を信用してはいけない、と言うのではないか?
【……もしかしたら僕は、とんだ思い違いをしているのかもしれない】
何だか訳が分からなくなってきた所で、ようやくギルバート達は、騎兵隊の潜伏場所に到着した。ここらから見下ろすと、戦場の陣形がよく見える。前衛はモリスだ。そしてさらに奥、大きな岩陰の裏と森の奥には、こちらと同じように大量の兵士が潜んでいた。モリスの甲冑は着ているが、あれが恐らくアルバの兵なのだろう。その数はおよそ六千ほどだ。対してこちらは約五千。勝てるか? 微妙だな……。
やはりさっさと敵将を捕らえるのが早そうだが、敵将は……あそこか。中央奥に敵将と思われる人物が居た。ひときわ目立つ大柄の男だ。その隣に、戦争には珍しい女騎士も居る。
「な、なぁ、この崖下りんのか?」
「無理じゃね? 誰だよ、こんな作戦立てたの!」
「王子らしいけどな」
「いや、そりゃあの人は下りられるだろうけどさ! 俺達傭兵にこれ、行けるか?」
「う~ん……」
あちこちからそんな声が聞こえてきてギルバートは思わず身を竦めて心の中で兵士達に謝る。
【皆、すまん!】
ギルバートも実際にここに来るまでは思い至らなかったが、ここの崖は結構キツイ。これは怖い下りりられるか? と言われたら無理かもしれない。しまったな。もっとよく下調べをしておくべきだったな。ギルバートが後悔していると、そんな心など全く無視するかのように戦争を開始する鐘が鳴ってしまった。それと同時に、いつものギルバートがするようにギルが真正面から突っ込んで行く。
【ああ、ギル、そんな所は別に真似しなくていいんだぞ!】
ガルドの合図があるまではこちらは動けない。作戦では、全ての敵を真ん中に集めてそこへ一気に奇襲をかける予定だとガルドは言っていた。その合図が来るまでは、ここは待機だ。
と、モリス側の岩陰隊が動き出した。もっとこちらを引き付けるつもりかと思ったが、どうやらそれはしないようだ。
◇◇◇
ガルドは今日も元気よく単騎で飛び出して行ったギルバートの背中を見ながら相手の動きを見ていた。崖上からの伝令によれば、ちょうど岩陰になった部分と、森の中にも敵は潜んでいるらしい。数はおよそ六千だと言っていた。この数字は確実にモリスだけではない。
ガルドは森の中に隠れている兵士に伝令を送った。こちらが交戦している間に、森の中にいる兵はあらかた片づけておきたい。
チラリと上を見ると、騎馬隊は一切下からは見えない。
しかし凄い崖だが、あれは下りて来られるのか? ガルドはそんな事を考えながらも向かってくる敵を薙ぎ払っていた。
しばらくすると森の兵士は一掃したという情報が入った。やはり昨夜サイラスが言ったように、ギルバートの伝令偽装作戦のおかげでこちらの事情は向こうには全く伝わっていなかったようだ。向こうは思っているはずだ。正面に居るグラウカ兵が全ての数だと。こちらが中央まで進みでてきた時、ようやく、岩陰の敵兵たちが動き出した。それを見てすかさずガルドは次の指令を出す。森の兵士達
に挟み撃ちにしてもらう為だ。
◇◇◇