その頃、崖の上ではギルバートが大きなため息をついていた。
【あっつ……息苦しいし、よくこんなものをずっと被っていられるな】
ギルバートはそっとバレないようにその場を離れて、崖の端まで辿り着くと兜を取った。
「……【涼しい】」
爽やかな風が頬を撫で、思わずうっとりと目を細めた所で誰かと目が合った。
「な、なんで……こ、ここに!」
「!【マズイ】」
ギルバートはすぐさま味方の兵士に駆け寄り、持っていた兜で思い切り殴りつけた。そこまで力を入れたつもりはなかったが、兜はがっつり兵士の頭に当たってしまい、そのまま気を失ってしまう。
【す、すまん! 今バレる訳にはいかないんだ! 少しの間寝ていてくれ!】
下では何やらアルバとモリスが混乱したように走り回っている。そんな中、一人だけとても冷静な人間が居た。あの女騎士だ。この状況に隣の大男が慌てているというのに、女はピクリとも動かない。
【敵ながらあっぱれだな】
思わずそんな事を考えながら伸びてしまった兵士を隠そうとしていると、一瞬グラリと足元が揺れた気がした。
「ん?」
地面を見ると、小さいが亀裂が入っている。そこでふと思い出した。今週はずっと雨だった事を。そう、ずーっと雨だったのだ。
「【マズイかも……】」
ギルバートは兵士を担いで味方の元に戻り、声を張り上げた。
「今すぐここから駆け下りろ!」
「お、王子!?」
「な、何でここに? え? あれ誰?」
困惑する兵士達の前でギルバートは馬に飛び乗り、兜を被って叫ぶ。たとえ臭かろうが暑かろうが、どんな時でも頭は一番守らねばならない。
「崖が崩れる! 馬に身を任せ、僕についてこい!」
そう言って馬を走らせたギルバートは、そのまま馬に身をゆだねた。
ギルバートは余計な事はしない。そう、馬と一体になるのだ。おかしな事をしたら途端にバランスを崩し、絶対に振り落とされるか馬と落ちる未来が見える。こういう場所で動物に逆らってはいけないのだ。
「い、行くぞ!」
「おう!」
崖を駆け下りだしたギルバートに続いて、兵士たちが崖を駆け下りだした。それに驚いたのはモリスとアルバの兵士達だ。まさかあの崖から兵士が下りて来るとは思ってもいなかったようで、動きが途端に鈍った。
ギルバートは唖然とする敵兵を前に、崖を無事に駆け下り、敵兵たちに切りかかる事もせずにそのまま通り過ぎていく。それに戸惑ったのは味方の兵士達だ。
「いいからこのままついてこい! 振り返るな! お前達もだ!」
何が起こっているのか分からないとでも言いたげな下に居た仲間たちも引き連れて、ギルバートはそのまま森に駆け込んだ。その時、後ろの崖から地響きのような音がして、次の瞬間、物凄い音と共に崖が、上方にあった木も全て巻き込みなだれ落ちて来たではないか。
「……【あ、危なかった……】」
唖然として崩れ落ちて来た崖を敵も味方もなくただ見つめているが、そうだ! 戦争中だ!
ギルバートは抱えていた兵士を放り出すと、土砂崩れの届かなかった場所までさっさと避難して、今しがた起こった事を呆然として見ていた敵将を後ろから思い切り殴りつけた。敵将は完全に気を抜いていたのだろう。なすすべもなくその場にパタリと倒れてしまう。
次いで、女の方を振り返り剣を突きつけ、言った。
「お前はここで拘束する。いいな?」
「……ええ」
女は短く返事をして立ち上がる。身長はちょうど、ロタぐらいだ。
「メイドを一人だけ連れて行ってもいいかしら?」
「……ああ。おかしな事をしないのなら」
「しないわ。どうせもう戻れないのだから」
それだけ言って女は振り返り、天幕に隠れていた女の名を呼んだ。『ロタ』と。