「え? ええ、姉さまに……ま、まさか!」
「ああ。そのまさかだろう。【そうだとしたら、僕がキャンディハートさんを愛読している事を知っている者が内通者と言う訳か。大分限られるな。】一体誰が……」
サイラスではない。ガルドでも両親でもない。リドルにもモンクにも言っていない。というよりも、恥ずかしくて言えない。
「ネズミどもめ【駆逐してやるわ! シャーロットを利用するなど、言語道断!】」
声を荒げたギルバートに、シャーロットはビクリと体を強張らせて椅子から滑り落ちてその場に座り込んだ。
「ああ、すまない。つい声を荒らげてしまった。大丈夫か?」
柵越しではあるが手を差し出したギルバートに、シャーロットの白パンが重なる。
【ん?】
ギルバートは何かおかしいと思いながらもシャーロットの手を引くと、立ち上がらせてもう一度座った。感じた違和感をシャーロットに悟られないようにするために。
「それから、あまり気に病むな。ロタは無事だ」
「え!?」
「実は、昨夜の尋問の時にロタに全て聞いたんだ。ロタは姫様を助けてほしいと言っていた。聞けば、シャーロットはただ、利用されただけだったんだな。こちらの面子があるのですぐに釈放は出来ないが、どうにかしてお前を逃がそう」
「! ギルバート! で、でもそんな事したらあなたが!」
「大丈夫だ。僕はこう見えてグラウカの冷徹な銀狼だからな。誰も僕には逆らえない。ロタは安全な場所に隠れている。僕の自室の従者部屋だ。この城の中では一番安全だからな」
そう言ったギルバートを見て、シャーロットは顔を輝かせた。ロタの無事を喜んでいるのか、それとも自分が助かるのを喜んでいるのかは分からない。
小さく笑ったギルバートにシャーロットは口元に手を当てて笑う。
「ふふ、そんな所に?」
「ああ。恐縮していたよ。さて、僕もそろそろ執務に戻らなくては。また、明日」
「はい! また明日」
いつもの声にいつもの笑顔。どこからどう見てもあの時の天使だと思うのに、何かが腑に落ちない。多分、白パンの手触りだ。
ギルバートは牢を出てすぐにサイラスとガルドを呼び、執事を下がらせる。
「サイラス、ガルド、今日は一日中僕の自室の従者室に隠れていろ。そこに現れた奴が内通者だ」
「え!?」
「ど、どういう事ですか!?」
「あと、シャーロットについて調べろ。母親を探し出せ。あれは恐らく双子だ」
「!?」
ギルバートはそれだけ言って、父の部屋に向かった。
「失礼します」
「ギ、ギル?」
「取り調べを終えました。シャーロットとは婚約破棄します」
「ああ、もちろんだ。そう言うと思って、書類を書いていたんだ。しかし、まさかこんな事になってしまうとはな……ギルには済まない事をしたね」
「いえ【とんでもない。シャーロットはもしかしたら二人居るかもしれないんです! そして、恐らく僕が好意を持ったのは、今牢に居る方ではないようで。ですが、どうやって調べればいいのか】」
そこまで言った時、ふと父の部屋に飾ってある花が目に入った。これだ!
「失礼しました!」
「え? お、おい、ギル!? 書類はどうするんだい!?」
そんな父の呼びかけも無視してギルバートは庭に出ると、スーミレを探した。
本物のシャーロットと牢にいるシャーロット。姿かたちは同じで、どちらもキャンディハートさんに造詣が深い。となると、全ての情報を共有している可能性がある。
【だがどうか、これだけは……シャーロット……】
ギルバートはようやく見つけたスーミレを持って、もう一度牢に向かった。
「シャーロット、ここは寂しいだろう? あの時お前に渡した花があったから持ってきたんだ」
そう言うと、シャーロットは目を潤ませて手を組む。
「まぁ! スーミレですか!?」
「……ああ」
やはり、僕の勘違いか? そう思いつつスーミレを手渡すと、シャーロットはそれを見て喜んだ。
「あの時と同じ花! 綺麗なスーミレ……花言葉は、慎ましい幸せ」
そう言ってシャーロットはスーミレを丁寧に撫でる。それを見てギルバートは言った。
「ああ、そうだ。是非飾っておいてくれ」
「ええ、ありがとう、ギルバート」
「ああ」
牢を出て、ギルバートはすぐに執務室に戻った。そしてしっかり鍵をかけて膝をつく。
【神よ! やはり、やはりシャーロットは別人なのですね!】
ギルバートが本物のシャーロットに渡したのは黄色いスーミレだ。花言葉は
『慎ましい幸せ』
だが、牢にいるシャーロットに渡したのは、ピンクのスーミレ。花言葉は、
『希望』だ。
【僕の希望は途絶えなかった! やはり、戦争を起こしたのはシャーロットじゃない! いや、シャーロットはシャーロットだが……ややこしいな。よし、僕の天使はシャーリーと呼ぶ事にしよう!】