「随分やつれたんじゃないか?」
心を鬼にしたギルバートは無敵である。そう自分に散々言い聞かせてきたが、すでに心は折れそうだ。
ロタは突然現れたギルバートの顔を見て、うつろな目でこちらを見上げてくる。
ずっと縛られていたロタだったが、今は枷はついているが最近は手足は自由になっている。
「噂通りの冷酷な王子様じゃないですか。何か用ですか?」
「喜べ。お前の処刑の日取りが決まった。一週間後だ」
「わ、私が処刑されても、アルバはもう止まらない! あの女は、全て手に入れなきゃ気が済まないんだから!」
「あの女とは、シャーロットか?」
「そうだよ! 悪役令嬢シャーロット! あいつ、裏切りやがった! 忌子のくせに! 自分の分身まで使って、その功績もあんたも! 全部全部自分の思い通りに動かしたいんだ! あんな女、とっととくたばればいいんだ!」
「で、お前は結局誰の侍女なんだ?」
ずっとシャーロットの侍女だと思って居たが、どうやら違いそうだ。
淡々と言うギルバートにロタは眉を吊り上げた。
「セシルだよ! あのトロ臭い女! あんなんで姫だとか言って毎日チヤホヤされて美味しいもん食べて……くそ! なんでだよ! 何であたしには何もないんだ!」
セシル……二番目か。ギルバートは納得したように頷いた。
「なるほど。お前はそこをシャーロットに付け込まれたのか。哀れなものだな」
「あんたもだ! あんたもまんまとシャーロットを逃がして、今頃アルバで片割れが作り上げた功績を出汁にここを乗っ取る計画でも立ててるんだよ!」
なるほど。そういう事か。国民が取り返そうとしているのはシャーロットではなく、シャーリーの方なんだな。少なくとも、国民達はシャーリーの人柄を知っている訳だ。
しかしそれなら何故、わざわざシャーロットは悪役令嬢を演じたのだろう? シャーリーに任せておけば、それこそいい姫を演じれたはずだ。
「悪役令嬢シャーロットは、その噂に違わぬ嫌な女だよ。自分の母親があんなになったのは王妃がやったんだと王に吹き込み、今やアルバは分裂寸前。もうじき王妃も長女のユエラと侍女のセシルを連れて出戻る予定さ。だからあの二人はシャーロットを憎んでる。いや、シャーロットを好きな奴なんて城には居ない。あいつほど狡猾な女、見た事ない! それをまんまと逃がすなんてね! ボンクラも良い所だよ、あんた。冷徹なグラウカの銀狼は、とんだバカだった!」
ロタは嘲笑うようにギルバートを睨みつけたまま言い張ったが、ギルバートの次の言葉を聞いて顔色を変えた。
「そうか。何とでも言えばいい。どのみち、お前に未来はない。頼みの綱のレイリーも処分されたしな」
「……え?」
「知らなかったか? ああ、誰も教えてはくれないよな。レイリーはもうこの世に居ない。グラウカでは、裏切りは万死に値する。それがどれほど今まで忠実に仕えて来た者でも。だから、それはいくら書いても無駄だ。ここまでは鳥も来ないし、あの鳥のメモはすり替えておいた。アルバの人間は、お前は釈放されたと思い込んでる」
「……な……で、そんな……」
「なんで? 僕がグラウカの銀狼だからだ。それ以外に理由などない」
ほとんど嘘な訳だが、まぁこれぐらいの意趣返しは許されるだろ。ほんのちょっぴり揺さぶってやろうと思ってついた嘘だったが、思いのほかロタにはその事実が突き刺さったらしい。突然、ボロボロと涙を零し始めた。
「レ、レイリー……嘘……嘘でしょ……? これが終わったら……一緒に暮らそうって、約束して……」
【え!? レ、レイリーと恋仲だったのか!? 嘘だろ! あいつ、もうおじちゃんだぞ!? ロタ、お前一体いくつだ!】
多分ロタが相当若作りでなければ三十以上は離れているはずだ。おぉ……凄いな、レイリー。
変な所でレイリーに感心しつつ、ギルバートは咳払いを落とす。
「僕からは以上だ。もう会いに来る事もない。何か言っておくことはあるか?」
「……一つだけ。もうレイリーも居ないんなら、隠しとく事もない。もう一人のシャーロットはまだあいつに使われる。あたしは、あいつの方が好きだったよ。おっちょこちょいでドジだったけど、こんなあたしにも、すごく優しかったから」
「……そうか。一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
「どうしてお前はシャーロットに手なんて貸したんだ? 悪役令嬢だと、嫌いだと思いながら」
「あんたの言った通りだよ。欲に目がくらんだ。ここから逃がしてやるって言われたんだ。そしてどこか遠くでレイリーと暮らす手伝いをしてやるってね」
「なるほどな。その為に他の誰が死んでも構わなかったという事か」
ギルバートが冷たい声で言うと、ロタは真っすぐギルバートを睨みつけてきた。
「あんた達に何が分かる! 全部持ってるあんた達に! あたし達がどれほど辛い思いをしてるかも知らずに! 底辺から抜け出そうと考えて何が悪いんだよ!」
「ふざけるな。では聞こう、お前に僕達の何が分かる。国の情勢を常に考え、時には戦場のど真ん中に立ち、国民の生活を守る為に嘆願書に毎日毎日時間を費やしているというのに。お前の国がどうだったかなど知るか。少なくとも僕はそうだ。誰かの身勝手で殺されていい人間など、この世に一人もいない。あまり馬鹿にしてくれるなよ」
そこまで言ってギルバートはハッとした。