翌日、ギルバートは久しぶりにシャーロットの牢に向かった。
「すまないな。ここ最近は来られなくて」
「いえ、いいの……それよりも、ロタはどうなったの!?」
仮面の奥の紫の瞳が揺れた。ギルバートはふと、キャンディハートさんの詩集2を思い出す。
『女の嘘はなかなか見抜けない。それはね、ずーっと計画してたからヨ!』
なるほど。あの詩はどういう事かとずっと思っていたが、こういう時の事を言っていたのか!
「無事に逃がしたぞ。レイリーと共に。ただ、僕にはどうしようも出来なかった事が一つだけあるんだ。すまない、シャーロット……僕は、君を救えないかもしれない……」
悲し気に視線を伏せたギルバートを見て、シャーロットが驚いたように口元を覆った。そして指先を震わせ、その後首を振る。大した演技力だな。役者を目指せばいいのに。
「そんな……いいえ、でも、誰かが償わなければならないもの……シャーロット、気を強く持つのよ……」
まるで予め決められていたように独り言を言うシャーロットがそろそろ怖くなってきたギルバートは言った。
「力になれなくてすまなかった。やはり王は今回の事をかなりお怒りだったようだ。いくら元婚約者だという事を考慮しても、君の処刑は免れない」
「いいえ、いいえ! あなたが悪い訳ではないわ! 私が……私が悪いの! 姉さま達にまんまと騙された私が悪いんだわ!」
「……」
シャーリーはそんな事は言わない。確実に。どんな時でも少々卑屈だと思う程に何でも自分のせいにするような子だ。そもそも、誰かにナチュラルに罪を擦り付けたりしないぞ。ちょっと修行が足りないんじゃないか?
「おまけに、処刑人が今回に限り騎士団長のガルドになってしまってな……」
申し訳なさそうに言ったギルバートの耳に、とてつもなく低い、は? と言う声が聞こえてきた。驚いて顔を上げると、シャーロットは椅子から崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
「そ、そうなんですか……ガルド様と言ったら、あの精悍な方ですわよね? 私をここに連れてきた」
「ああ、そうだ」
ギルバートはシャーロットの口元が醜く歪んでいるのを見て、作戦の成功を感じた。
「で、でもどうしましょう? もしも私が処刑などされたら、民はきっと怒り狂ってグラウカに攻めて来てしまうかもしれません……」
「それは……仕方ないだろうな。君の評判は聞いている。確かにそういう動きも出ているようだが、その場合はこちらも剣を取る他ないだろうな……ただ、それをアルバの王は許すだろうか?」
「……」
ギルバートの言葉を聞いてシャーロットは黙り込んだ。指先が焦ったように忙しなく動いているのは、考え事をしている時の仕草なのだろうか。
「そうだわ! あなたがもう一度私と婚約してくれれば……」
「それは出来ない。僕は一国の王子として、アルバの姫である君との婚約を解消したんだ。今更それを覆らせることは出来ない。君も一国の姫としての立場で僕との婚約を受け入れたはずだ。だから分かるだろう?」
何せ愛も無いしな! というか、ギルバートが愛しているのはシャーリーの方だからな!
「この顔を見てもそんな事を言うの? ギル……」
そう言って仮面を取ったシャーロットに、ギルバートは頷いた。
顔は流石双子だ。全く同じだと言ってもいいほどよく似ている。
けれど、ギルバートの愛したシャーリーとは全然違う。
「あなたは……やっぱりグラウカの銀狼なのね……悲しいわ」
「僕もだ、シャーロット。君は噂に違わぬ悪役令嬢だったようだ。さようなら」
それだけ言って、ギルバートは牢を後にした。その途端、何かを投げつけて暴れる音が聞こえてくる。
【あれが本性か……やはり女性は恐ろしい……】
さっきまではあれほどシャーリーを演じようとしていたのに、ガルドは自分の手には落ちないと踏んだか。ギルバートは背中で暴れるシャーロットの怒鳴り声を聞きながら、次はレイリーの牢に向かう。
「レイリー。少しやつれたか?」
「こんな所に居て太ったら、逆におかしでしょう?」
そう言って自嘲気味に笑ったレイリーは、ここに来てから一気に白髪が増えた。椅子があるにも関わらず、床に座り込んで長い足を投げ出している。小さい頃からキチっとした姿しか見て来なかったから、少し意外だ。
「ロタは生きてるぞ」
ギルバートが言うと、レイリーはハッと顔を上げた。虚ろだった目に少しだけ光が戻る。
「ちゃんと食べてるし、寝てるし飲んでる。今頃飴でも舐めてるんじゃないか」
「……はは、ロタらしい」
「お前達、一体いくつ違うんだ?」
「三十と少しですよ。そんなに珍しくもないでしょう? 貴族であれば」
「貴族であればな。しかし、何故こんな事に手を貸したんだ? ロタと共に暮らしたいからか?」
それほどまでに城勤めが嫌だったのかと思うと、少し悲しいギルバートである。