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第54話

                ◇◇◇


 ガルドは歩き去っていくギルバートの後ろ姿を見つめながら頭を下げた。


 たとえ裏切者ならば長年務めていた執事にも容赦の無いギルバートだ。ガルドなど、顔見知りであればやはり手を緩めてしまうだろうと思うのに、ギルバートはそれを一切しない。本当に怖い人だ。


 ガルドは時計をチラリと見てため息を吐いた。既に夜の十時だ。これは一晩はかかりそうだ。何か夜食を頼んでおいた方がいいかもしれない。


 ガルドは気を引き締めてギルバートに渡された手紙をグシャリと握りつぶした。


 その後、一晩中レイリーの尋問をしたガルドは、朝を待ってギルバートに報告に行くと、ギルバートはまるで分かっていたかのように深く頷いただけだった。


 レイリーとロタにスパイのような活動を指示していたのは、やはりシャーロットだった。レイリーの話では、シャーロットが本当にしようとしている事までは分からないという。女王の傀儡のようで、時々自分の意思を持って動いているようにも見えたそうだ。


 実際シャーロットの側近であったはずのロタとレイリーの話はどちらも符合していて、レイリーもロタも嘘はついていない事が分かった。そして二人ともがシャーロットの意図は分からないと言う。つまり、シャーロットはこの二人にすら嘘をつき、誰一人として信用していなかった可能性がある。


 悪役令嬢シャーロットの本当の目的は一体何なのか、誰にもそれが分からないまま時は過ぎた。


                ◇◇◇


 教会の日だと言うのにこんなにも心躍らなかった日が今までにあっただろうか? 


 いや、無い。


 ギルバートは馬車の中で大きなため息を落とした。それを目の前に座るサイラスがハラハラした様子で見て来る。


「王子、何か心配事でも?」

「いや【シャーリーは今日は来ないのだろうと思うと憂鬱でな】」

「そうですか……」

「サイラス、【お前までそんな顔をするな。何か楽しい話をしようじゃないか! そうだ!】 シャーリーンが生きているのは良かったな。しかしアルバの王は【上手く隠したものだ。やはり愛する人は自分の手で守ってこそだ。それしにしてもシャーリーは】一体どこに居るんだと思う?」


 ギルバートの言葉にサイラスは首を傾げた。そんなサイラスを見てギルバートは小さく頷いて窓の外に目をやる。窓の外には既に教会のてっぺんにある風見鶏が見えている。


 それを見てギルバートはふと思った。


「どこ……とは? 城ではないのですか?」

「【それにしても風見鶏と言うのはあれだな。鶏が朝を呼ぶと言う言い伝えから出来た魔除けだろう? でも】僕は思うんだ。【うちのピッピちゃんとコッコちゃんが朝一番に鳴いているのを】見た事がないな、と。と言う事は? 【鶏の中にも寝坊助はいるんだという事だ。それが個性というのだろうな】」


 それを聞いた途端、サイラスはハッとして顔を上げた。


「そう言えばそうですね! 一体どうなってるんだ……」

「不思議だろう?」

「はい!」


 サイラスの元気な返事を聞いてギルバートは小さな笑みを浮かべた。口下手なギルバートだが、今日は随分お喋り出来たように思う。一日一つ自信を持てる事をする、を心掛けている自称自分に自信が無い系王子のギルバートにしては上出来だ。


 ふと見るとサイラスは熱心に手帳に何か書きこんでいるので、きっとサイラスもそんな風に感じてくれたのかもしれないと思うと、嬉しいギルバートだ。


 やがて馬車は教会に到着した。万が一にもシャーリーはいつもの様にやってくるのではないか、そんな風に考えていたギルバートは、やはりそれが幻想に過ぎなかったのだと、その後すぐに思い知る。


 教会に入ると、今日は珍しく全ての懺悔室が開いてた。いつも通り三つ目の懺悔室に入ったギルバートに気付いたのか、あちら側から若い女の人の声が聞こえてくる。


「ギルさん、ですか?」

「……誰だ?」

「私はシャーロット様の侍女をしていた者です。どうか、どうかお願いです! シャーロット様をお助けくださいませ!」

「それは僕の一存ではどうにも出来ない。それに、彼女のした事は到底許されはしない」


 まだギルバートは王ではないのだ。どうしようもない。それに何よりも悪役令嬢シャーロットがした事はグラウカにとってもアルバにとっても許されるような事ではない。ただの子供の癇癪にしては、彼女は少々やりすぎた。


 淡々と言うギルバートに侍女は一瞬黙り込み、次の瞬間ガタン! と音がした。恐らく立ち上がったのだろう。


「ち、違います! シャーロット様はそんな事はしません! そちらのシャーロット様では……ありません」


 最後の一言は控えめな小さな声だった。


 けれどギルバートの耳にははっきりと聞こえた。


「シャーリーの方か!」

「シャ、シャーリー?」

「ああ、すまん。ややこしいから愛称で呼んでいるだけだ。気にするな。それで、彼女は今どこに居るんだ!?」


 勢いあまって懺悔室の小窓を開いたギルバートに、侍女が驚いたように目を丸くしている。

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