侍女はギルバートが思っていたよりもずっと汚れていた。手も赤切れが酷いし、顔も煤で真っ黒だ。どこからどう見ても侍女には見えない。
「お前……本当にシャーリーの侍女……か?」
ギルバートが問うと、侍女は恥ずかしそうに手を隠しながら頷いた。それに気付いてギルバートはすぐさま言い直す。
「すまん、別に汚いとかそういう意味合いではない。ただ、お前がシャーリーの侍女だといくら言い張っても、僕はそれを信用できない。【何せ皆が皆嘘を吐いて来るからな!】」
「ええ、それは……分かります。シャーロット様から伝言です。あの黄色のスーミレは、栞にして常に持ち歩いています。もう二度と会えないかもしれないけれど、私はあなたとキャンディハートさんについて話をするのがとても好きでした。それ以上に、ギルという人が大好きでした。ずっと、ずっと嘘を吐いていて本当にごめんなさい」
侍女はそこまで言ってピンク色のリボンをギルバートに渡してくる。
「シャーロット様からです。あなたに必ずお渡しするように、と」
「……」
ギルバートはそれを受け取って息を飲んだ。それはキャンディハートさんの最新刊についていた帯のリボンだったからだ。『全ての秘密は守られし』それを見てギルバートは顔色を悪くする。これはシャーリーからのメッセージだ。もうすぐ全ての秘密を知っている自分は殺されるだろう、という。
「彼女はまだ生きているのか?」
「……はい。ですが、周りに居た者は全て解雇されました。その後の足取りは掴めません。シャーロット様が双子だという事を知っているのは、アルバの城に仕えている一部の者だけです。民衆もそれを知りません。だから今、民衆の怒りの矛先はグラウカに向いています」
「なるほど。しかし分からん。今回の戦争を手引きしたのはシャーロットなのだろう? それなのに何故民衆はグラウカを恨むんだ?」
そもそも、モリスとの戦争に勝手に首を突っ込んできたのはシャーロットだ。それなのに何故怒りをこちらに向けてくるのかが分からない。
「王妃がそう言ったからです。王妃がシャーロット姫と結託してグラウカを陥れようとして民衆に向けて言った嘘を、民衆は信じています」
「そうか。つまり、シャーロットはアルバの王妃と手を組んでいるという事か」
「はい……そして王妃様はモリスと手を組んでいます」
ギルバートはそこまで聞いて腕を組んだ。何だかさらにややこしくなってきたな。
王妃がモリスと手を組んでいる? 結局のところ、王妃もシャーロットも何がしたいんだ?
「それで、お前は大丈夫なのか? そんな話をここでしても」
「大丈夫……ではないかもしれません。農民を装ってここまで来ましたが、バレたら間違いなく死罪です」
「だろうな。では最後にシャーリーがどこに居るか、何の手掛かりもないのか?」
「はい……ただ、お嬢様を乗せたと思われる馬車が南の方に向かったという情報は聞きましたが、それ以降、誰もお嬢様の姿を見てません」
「それはいつだ?」
「3日前です。それまではずっと、お嬢様は城の地下牢にいらっしゃったので」
「そうか」
ギルバートはそれを聞いて頷いた。ガルドが宿で流した情報を受けて、慌ててシャーリーの隠し場所を変える事にしたのだろう。と言う事は、もしかしたらそろそろこちらにも情報が入るかもしれない。
「ところでお前にもう一つ聞きたいのだが」
「はい」
「今、アルバの王は?」
娘の誕生日に体調を崩したと言って参加しなかったアルバの王。彼とは一度も会った事がない。あの送られてきた手紙だって本当にアルバ王が書いたかどうかも分からない。一度面会したいが、まだ体調は戻らないのだろうか。
ギルバートの言葉に侍女はハッとした。まるでどうしてその事を知っているのかと言わんばかりである。
「し、城に居ます」
「本当に? まさかもう死んではいないよな?」
ギルバートはアルバ王の体調が知りたかったのだが、何だか侍女はおかしな返答をしてくる。不思議に思ったギルバートが問うと、侍女は驚いたように目を丸くした。
「まさか! 何て事仰るんですか! ご健在です! ちょっと呪術をかけられて表には出れない……はっ!」
それを聞いてギルバートは薄く笑った。思わぬところから思わぬ情報が手に入った。なるほど、アルバ王も呪術をかけられているのか。
「なるほどな。良い事を聞いた。城では緘口令が敷かれているんだな?」
侍女はそれを聞いて諦めたように頷いて、指を忙しなく動かす。そんな様子を見てギルバートは言った。
「安心しろ。別にそれを聞いたからと言ってアルバに攻めて行ったりはしない。そんな事よりもまずはシャーリーを助ける方が先だ」
「! で、では……お嬢様を助けてくださるのですか!?」
「ああ。グラウカは事情を知っている者全員を探している。それはシャーリーもだ。ただ、シャーリーは完全に利用されていただけだと言う事はもう分かっている。見つかったからと言っておかしな事にはならないはずだ」
それを聞いて侍女は一瞬泣き出しそうに顔を歪め笑顔で頷くと、深々と頭を下げて懺悔室を出て行った。
ギルバートは馬車に戻り、一緒に来ていた騎士団に今の侍女の後をつけるように言いつけ、今聞いた話をサイラスに話して急いで城に戻ったのだった。
こうしちゃいられない。次にシャーリーに出会った時用にあの紫の花畑を再現しておこう。きっと喜ぶに違いない! シャーリーはまだ生きている! それが聞けただけでも収穫はあった。