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第2話 母の悲鳴*

 父は家にいる母が心配なあまり、仕事中に家に戻ることが多かった。有能な人でもそんなことをしょっちゅうしていれば当然、次から次へと仕事をクビになった。


 そのくせ、母が家計のために仕事をしたいと何度訴えても、父が許すことはなかった。そのせいでわたし達は貧乏な環境で育った。だから仕事をすぐにクビになる父にわたしはモヤモヤしていた。その一方でハンサムな父は、自慢の種でを見てしまう前までは嫌いになれなかった。


 でも父にとって、子供達は母のオマケみたいなものだった。母がわたし達を可愛がっていたから、父もわたし達を養っているだけで基本的に我関せずだった。むしろ、わたし達が早く家を出て行ったほうが、母と2人きりになれていいと思っている節があった。


 わたし達が小学校低学年の頃に父が祖父母から母(とオマケのわたし達)を奪還してからというものの、夜中に母があげる悲鳴がほとんど毎晩朝まで聞こえるのが当たり前になった。その前だって2、3日に1回は聞こえていたが、朝までぶっ通しではなかった。母を一晩じゅう虐めて(とはちょっと違うことが後で分かる)ろくに寝ていない父は、しょっちゅう寝坊して仕事をクビになっていたが、なぜか生活はできていた。


 今考えれば、毎晩の騒音に近所の苦情がよく出なかったものだと不思議になる。幸か不幸か、あのアパートはボロすぎて空き室か、そうでなければ耳の遠い老人しか住んでいなかった。いや違う、近所の目がなかったのは、わたし達にとっては不幸だった。


 あれはわたしが中学生になってからのことだったと思う。その晩も母の悲鳴がずっと聞こえてきて、わたしは布団を被って耳をふさいでいた。かいは全然気にならないみたいでわたしの隣で熟睡していた。


「ああ!……い……いや……」


 布団の下にいてもはっきり聞こえる悲鳴がした。それも『いや』と言っているみたいだった。わたしは布団をバッとめくって耳を澄ました。今度ははっきりと悲鳴が聞こえた。


 わたしはベッドから起き上がって梯子をダダダっと降りた。その音で目覚めた海はわたしを止めようとしたけれども、わたしはもう子供部屋のドアノブに手をかけていて、海の制止を振り切って部屋を出て行った。


「お母さん、大丈夫?!……え?!」


 隣の両親の寝室のドアをいきなり開けると、蛍光灯が煌々と照らす寝室の中で信じられない光景が目に入った。


 全裸の母は、ベッドの上で恍惚とした表情で後ろから裸の父に貫かれていた。わたしが目の前にいるのに、母はだらしなく口を開けて嬌声をあげ続け、わたしのことに全く気が付いていないようだった。


 だけど、父は明らかにわたしの存在を認識していた。呆然としているわたしのほうを見て、ゆっくり腰を動かしてぐちゃぐちゃと水音をたてた。今思うに、2人が繋がっている局部をわざとわたしに見えるようにしたかったのだろう。


「よく見ろ。お前達もこうやって作ったんだ」


 父は、そう言った後、母の尻をビタン、ビタンと掌で打った。その途端に母は正気に戻ってわたしに気付いたみたいで、悲鳴をあげた。母の尻は既に何度も叩かれていたみたいで赤くなっていた。


「いやー、見ないで! 早く出て行って!」

「空、よく見て勉強しろ! お前ももうすぐこんな風に男に貫かれるんだ!」


 わたしは、母の悲鳴で我に返って子供部屋に逃げ帰った。海はわたしを心配して待っていたみたいで、わたしがすがりついて泣くのを抱きしめて慰めてくれた。


「……ねえ、海はこのこと知ってたの?」

「うん、何となく予想はしていた」

「そっか……わたし、てっきりお父さんがお母さんを虐めていると思ったんだよね……」


 母の恍惚とした表情を見る限り、望んで父とあんなことをしているように思えた。でも母は尻を叩かれて悲鳴もあげていた。やっぱり虐めではないだろうか。わたしがそう言うと、海は首を横に振った。


「男女のことは、まだ空には難しいよ」

「何言ってるの!? 海だって中学生じゃん」

「僕は少なくとも空よりは分かってる」

「エロ本で勉強してるってこと?」

「そんなわけないよ!」


 赤くなった海の反応が初々しくてわたしはクスクス笑った。でもこの和んだ雰囲気はすぐにぶち壊しになった。薄い壁の向こうから聞こえる母の悲鳴が、ますます大きくなり、その晩、わたしは全く眠れなかった。


 これ以降、わたしは父のことを格好良いなどと思えなくなった。むしろ、美貌の仮面をかぶった汚らしい理不尽な野獣としか言えなくなった。


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