わたし達は無事に高校を卒業してそれぞれ進学した。海は希望通りT大学に合格できたが、香織さんにはT大学は無理だったようでT大学の近くにある中堅私立大学に入った。
わたしは当初、高卒で就職希望だった。だけど
わたしの女子大学は、近いうちに男子学生も受け入れる予定だったが、その計画は
進学後の海は、授業や何だかんだと帰宅が遅くなることが多くなった。わたしが帰宅すると、父は食卓でいつも焼酎を飲んで管を巻いていた。
わたしが大学2年のある日、帰宅すると父はいつもの通り、ダイニングキッチンで飲んでいた。わたしが食卓の脇を通って子供部屋に行こうとしたところ、突然父に腕を掴まれた。
「何? お酒だったらまだ食器棚の中に入ってるでしょ?」
「久美……」
「わたしはお母さんじゃないよ。お母さんはお父さん達の部屋にいるでしょ」
「久美! 拒否するな!」
やせ衰えた身体のどこにそんな力が残っていたのかと思うぐらい、ものすごい力で引き寄せられ、腕を突っぱねても逃れられなかった。
「離して!」
酒臭い息がフゥー、フゥーと首筋にかかり、鳥肌が立った。父の腕の中から何とか逃れようとしても、強引に押さえつけられ、父の手がわたしの胸に伸びてきた。ブラウスが引っ張っられてボタンがブチブチと弾け飛び、ブラジャーが丸見えになった。父はすかさずブラジャーを押し上げ、わたしの胸を直に揉んだ。
「いやっ! やめて! わたしはお母さんじゃない、空だよ!」
父にはわたしの声は全く届かなかった。父の目は血走って鼻息を荒くしており、完全にわたしを娘とは認識できていないようだった。
酒臭い鼻息が乳房に直にかかったかと思いきや、父はすぐにわたしの胸の谷間に顔をうずめてきた。その途端、にゅるっとしたものが乳房の上を這い、わたしはぞわっとして逆毛が立った。
「いやーっ! やめてー!!」
突然、ドカッと音がして酒臭い息が遠ざかった。父は床の上に伸びていた。
「空! 大丈夫か?!」
「海……海ぃ! お父さんが! お父さんが……」
「何も言わなくてもいい。部屋に行こう」
海はわたしに自分のジャケットを着せて子供部屋まで連れて行ってくれた。
「ゴミを始末するから、いいって言うまでここにいてくれる? ごめんね、そばにいれなくて。ゴミを捨てたらすぐに戻ってくるから、それまで我慢してね」
海はわたしを抱きしめて頭を撫でてから、部屋を出て行った。
それからすぐノックの音が聞こえた。あの父がドアをノックするような理性をまだ持っているとは思えないから、海か母だろうと思ったけど、返事をする元気は残っていなかった。
「空? 大丈夫?」
ノックをしたのは母だった。わたしの悲鳴は聞こえていただろうに助けに入らず、今更心配顔をしてわたしの様子を伺いに来たのだと分かり、ムカムカと怒りが込み上げてきた。わたしはドア越しに母に怒鳴った。
「今更、何の用? 娘を助けようともしなかったお母さんとなんて話したくない!」
「空……ごめんなさい! わたし、あの人が怖くて……」
「聞きたくない! あっち行って!」
それでも母はしばらくドアの前にいたようだった。わたしはベッドの中でずっとうずくまっていた。それからたっぷり1時間はかかったと思う。家に誰かが来て目覚めた父が何か怒鳴っているのが聞こえた。わたしは掛布団を頭からかぶってブルブルと震えた。
しばらくすると家が静かになって海が子供部屋に戻って来た。
「あのゴミは警察にお持ち帰りしてもらったよ。釈放されても家に戻って来ることはないから安心して」
「戻ってこないってどういうこと?」
釈放後、父はアルコール依存症治療施設に入る予定となった。
父が警察に連れていかれた直後、海はわたしと母をビジネスホテルに連れて行き、わたし達はしばらくそこで生活した。その後、わたし達はあのボロアパートに帰ることなく、小さいながらも築浅で小綺麗なアパートに引っ越した。
事件の直後、わたしは大学はおろか、しばらく外出さえできなかった。通学できるようになってからは海が行き帰り付き添ってくれた。満員電車で見知らぬ男性がすぐそばに立つと、わたしは身体が震えてしまったが、海がいれば安心できた。でもわたしは、海の勉強の邪魔になりたくないから何とか1人で通学したかった。だけどそんな心配をするまでもなく、しばらくしてから海はお役御免となった。親しくなった同じゼミの学生が
両親は、事件後割とすぐに離婚したようだった。母は、事件からまもなく高橋さんと再婚し、高橋さんは本橋家の入り婿になった。高橋さんと母は、わたし達に同居しようと誘ってきたが、ようやく迎えられた母達の新婚生活の邪魔をしたくないので、わたし達はアパートに残った。