——その日、俺は死んだ。
信号が青になった瞬間、道路に飛び出してきた小さな女の子。
対向車線から猛スピードで突っ込んでくる軽トラ。
気づいた時には、俺の体は無意識に彼女を突き飛ばしていた。
刹那、金属がぶつかる音。世界がスローモーションになる。
胸が潰れるような衝撃。視界がぐるぐると回って、空が遠ざかっていく。
——終わった、と思った。
でも次に目を開けた時、そこは見知らぬ世界だった。
*
「っ……!?」
息が詰まりそうなほどの臭い——血と獣の腐臭、そして湿った土の香りが鼻腔を襲う。
目を開けると、俺は土の上に倒れていた。背中は湿っていて、頬には泥がついている。
全身がズキズキと痛み、喉はカラカラ。だが、一番の異常は——
右手に握られた、骨でできたナイフだった。
そして、俺の足元には。
「……なんだ、こいつ……」
人間大の生物が、うつ伏せに倒れていた。頭は犬、皮膚は黒く、筋肉が異様に盛り上がっている。
まるで、ファンタジーRPGに出てくるような魔物。
そいつの喉には、俺の持っている骨ナイフが深々と突き刺さっていた。
俺が殺した……?
記憶がない。だが、ナイフを引き抜いた時、手に感じた血の温度だけは、現実だった。
——その時だった。
脳内に、冷たい機械音のような声が響く。
【システム起動中……】
【異界環境への適応、完了】
【モンスター進化システム、アクティベート】
【現在レベル:1】
【ステータス:人間(脆弱)】
【任務:
【初回報酬:感覚強化or筋力強化or自己回復スキルのいずれか】
「……まじかよ。」
状況が呑み込めない。
だが、俺は死んだはずだ。そして、今ここで生きている。
骨ナイフを持ち、魔物の死体の上に座り込み、異世界っぽいシステムに案内されている。
なら、これはそういうことなんだろう。
俺は今、異世界にいる。
言葉にすると、心臓がドクンと跳ねた。
そして、その直後——
背後の茂みから、何かが音を立てて現れた。
ガサ、ガサガサッ。
「……!」
反射的に振り向く。そこにいたのは、もう一体の《コボルド》だった。
今度は生きていて、金属バットのようなものを手にしている。
俺を見つけると、涎を垂らしながらギラギラした目で睨んできた。
戦闘本能が叫ぶ。
逃げる?無理だ。足元は不安定、方向もわからない。
なら——
やるしかない。
俺は骨ナイフを構え、叫びながらコボルドへ突っ込んだ。
「うおおおあああああああああっ!!」
コボルドの棍棒が横から振り下ろされる。
ギリギリでかがみこみ、俺はその脇腹を斬りつけた。
——ガリッ!
浅い。刃が弾かれる。コボルドが怒り狂って反撃してくる。
右肩を強打され、視界がぶれる。骨ナイフが吹き飛ぶ——
だが、地面に転がったナイフを即座に拾い、俺は渾身の力でコボルドの喉に突き立てた。
「っっ……死ねえええええええ!!」
ゴブ、という音とともに、コボルドの体が崩れ落ちた。
呼吸が荒い。肩が痺れる。
でも——生きてる。
【《コボルド》を撃破】
【経験値+100】
【レベルアップ:Lv.2】
【進化スキル選択可能】
1. 感覚強化(危険察知+視界広がる)
2. 筋力強化(打撃力アップ)
3. 自己治癒(軽度傷の自然回復)
「三番だ……生き残るには、回復が必要だ。」
【《自己治癒》スキルを習得しました】
【現在のダメージ:軽度打撲→回復中】
俺の肩にじんわりと温かさが広がる。
まるで体の中で“修復”が始まったような感覚。
現実なら絶対あり得ない。でも、今の俺は、それを受け入れていた。
だって——
これが、新しい俺の世界なんだから。
血にまみれた骨ナイフを拾い、コボルドの耳を切り落とす。
あとで素材として役立つかもしれない。
そうやって俺は、死体の中から立ち上がった。
まだこの森の奥には、無数の魔物が潜んでいるのだろう。
でも俺には、骨ナイフとこのシステムがある。
死んでたまるか。
せっかくもらった“二度目の人生”だ。
俺は静かに、しかしはっきりと呟いた。
「よし、次の獲物を狩りに行くか。」