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第2話初めての村、そして狩人ギルドへ

 魔物の死体を踏み越えて、俺は進んだ。


 どこへ向かうかもわからないまま、ただ直感だけを頼りに。


 喉の渇きは耐えがたい。腹も鳴っている。右肩の打撲は《自己治癒》によって徐々に回復していたが、疲労は溜まりっぱなしだった。


 だが——


 俺の足は止まらなかった。


 この世界で生き延びるためには、ただ生きているだけじゃ足りない。

 生き抜くためには、次の“安全地帯”を見つけなきゃならない。


 そうしてしばらく歩くと、森の密度が少しずつ薄れ、風が広がった。


 木々の向こうに、開けた地形が広がっていた。


 その中央に、小さな村が見えた。


「……あれは……人間の、村?」


 ほこりっぽい土の道に沿って、石造りの建物が並んでいる。

 小さな畑と、薪を割る老爺、井戸端で笑う女たち。

 馬車がゆっくりと進み、その脇で子どもたちが遊んでいた。


 ——間違いない。人が“生きている”匂いがする。


「助かった……!」


 安堵の息を吐く。

 しかし、その瞬間、俺の心にもう一つの感情が芽生えた。


 この世界で、俺は“人間”として見られるのか?


 服装も違う。言語も違うかもしれない。下手すれば、俺は“異物”と見なされる可能性すらある。


 それでも、立ち止まるわけにはいかない。


 村の入り口に近づくと、木製の柵の前に一人の青年が立っていた。

 革鎧を身にまとい、腰には剣。鋭い目で俺を睨んでいる。


「……おい、そこの男。止まれ。」


 日本語じゃない。だが、なぜか意味がわかった。


 これも“システム”による翻訳か?それとも魂ごと適応されてるのか?


 俺は両手を上げ、ゆっくりと口を開いた。


「俺は旅の者だ。怪しい者じゃない。水と……できれば、何か食べ物を分けてくれ。」


 男はしばらく俺を睨んでいたが、やがて鼻を鳴らして柵を開いた。


「……死にかけた顔だな。運が良ければ、この村の“ギルド”で雇ってもらえるかもな。」


 ——ギルド?


 ファンタジーRPGではおなじみの、それだろうか?


 とにかく、話は通じる。人間として扱ってくれるだけで御の字だ。


 俺は深く頭を下げ、青年の案内で村へと足を踏み入れた。



 村の名前は《ミルダ》というらしい。


 人口は300人程度の小さな村で、魔物の巣窟ダークフォレストの外れに位置していた。


 つまり、俺がいたあの場所は、魔物の縄張りのど真ん中だったらしい。


「よく生きてたな、お前……普通なら丸裸でコボルドの群れに放り込まれたら、三分もたねえぞ。」


 村の宿屋でパンとスープを口に運びながら、俺は青年に経緯を話した。


 もちろん“日本から来た”とか“車に轢かれた”なんてことは言っていない。


「気がついたら森の中だった。武器も服も、たぶん……どこかの遺体から剥がしたんだと思う。」


 そう言うと、青年は肩をすくめた。


「お前のような流れ者は珍しくねえよ。まあ、命があるだけマシってやつさ。」


 彼の名前はライナス。元冒険者で、今は村の門番をしているらしい。


 そして彼は俺に、一つの提案をしてきた。


「お前、ギルドに登録してみる気はあるか?」


「ギルド……?」


「ああ。狩人ギルドってやつだ。魔物を狩って、素材を売って、生計を立てる職業だ。

 コボルドを倒せるくらいなら、最低ランクのFでも通るかもしれねえ。」


「……やってみる。」


 俺は即答した。


 戦うことに抵抗があるわけじゃない。

 それに、あの時の戦いで得た《進化スキル》の存在が、俺の背中を押していた。


 俺は、まだ強くなれる。

 そしてきっと、この世界で——生き抜ける。



 ギルドは村の中央、井戸の近くにある木造の建物だった。


 入口には“Guild”の文字があり、扉の中からは熱気と歓声、武器の音が漏れ出していた。


 まるで、ゲームの世界そのままだ。


 中に入ると、カウンターの奥に赤髪の女性が座っていた。


「いらっしゃいませ。新人の方?」


「……ああ。ギルドに登録したい。」


 彼女は俺を一瞥し、薄く笑った。


「見たところ、あなた……装備がちょっと心配だけど、まあ問題ないわ。こちらへどうぞ。」


 そうして、俺は一枚の羊皮紙に記入することになった。


【名前:ユウキ・ハル】

【種族:人間】

【出身:不明】

【現在のレベル:2】

【習得スキル:自己治癒】


「……スキル持ち? へえ、意外とやるじゃない。」


「戦って、身についた。」


 嘘は言っていない。

 彼女は満足げに頷くと、俺の登録証を作ってくれた。


「これで、あなたは正式にFランクのギルドメンバーよ。最初の依頼は……そうね、《牙ネズミ》の駆除あたりから始めてみる?」


 俺はその紙を手に取り、ゆっくりと頷いた。


 これは——

 俺にとって、最初の“仕事”だ。


 この世界で生きるための、最初の一歩。


 それがどれだけ小さくても、進まなければ始まらない。


 俺は、登録証と依頼用紙を胸ポケットにしまい、背筋を伸ばして言った。


「やってやるよ。」



 その日の夜、ライナスの紹介で宿屋の裏にある空き部屋を借りることができた。


 ベッドの硬さは半端じゃないし、毛布も獣臭かった。

 それでも俺は、これまでで一番深く、長く眠れた気がした。


 夜中、夢も見ずに、俺は静かにこう呟いた。


「——俺は、ここで生きる。」


 それは、誰に誓うでもない、

 自分自身への宣言だった。


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