朝日が村の東から差し込む頃、俺は目を覚ました。
昨日の疲労が残っていたものの、体は妙に軽い。
《自己治癒》スキルの効果だろうか。傷も、打撲も、ほとんど残っていなかった。
「……よし、行こう。」
初めての“クエスト”に向けて、俺は宿屋を出た。
装備は貧弱そのもの。革の上着に、昨日の骨刀一本だけ。
だが、この世界で生き抜くための第一歩。気合いだけは十分だ。
ギルドに立ち寄ると、赤髪の受付嬢が軽く手を振ってきた。
「ユウキくん、準備できた?」
「はい。どこに行けばいい?」
「村の南に小さな農場があるんだけど、そこの倉庫に牙ネズミが巣を作っちゃってて……昨日も農具が齧られたって苦情が来たの。」
「なるほど。」
「牙ネズミはFランクでは定番のモンスターだけど、数が多いと厄介だから注意してね。」
紙に地図を書いてもらい、俺は現地へと向かった。
村の外れにある農場は、こじんまりとしていた。干し草の山が積まれ、鶏が走り回り、老人が鋤を片手に立っていた。
「おお、ギルドの方かね。助かるよ。あいつら、毎晩のように倉庫を荒らしてな……」
老人は顎で小屋を指差す。木製の壁に、確かに齧られたような痕跡が残っていた。
「昼は出てこないが、地下に巣を作ってるはずだ。中に入るなら気をつけてくれ。」
俺は頷き、小屋の扉をゆっくりと開けた。
——暗い。
かび臭い空気が鼻をつき、奥には地下へ続く木の階段があった。
骨刀を構え、足音を殺して降りていく。
そして、地下の土の床に足を踏み入れたその瞬間——
「キィィィィィ!!」
甲高い鳴き声とともに、暗闇から何かが飛び出してきた!
「ッ——!」
俺はとっさに身をかがめた。
頭上をかすめて通ったのは、犬ほどの大きさのネズミ。灰色の毛並み、鋭い牙、赤く光る目。
——牙ネズミ!
その後ろから、さらに二匹が続く。完全に囲まれた。
数で押してくるタイプか。距離を取っても意味がない。
「だったら……!」
俺は前の一匹に飛び込んだ。
骨刀を振り下ろす——だが、牙ネズミは素早い。寸前でかわされ、逆に右腕に牙が食い込んだ!
「ぐっ……!」
痛い。だが、ここで怯んだらやられる。
俺は振り払うように腕を回し、ネズミの腹を骨刀で斬り裂いた。
「ギャアアッ!」
一匹、撃破。
その瞬間、視界に光が走る。
《経験値 +14》
《レベルアップ! 現在のレベル:3》
《スキルポイント +1》
《進化可能なスキルがあります》
俺の脳裏に、昨日と同じ“声”が響いた。
「今じゃねぇ……!」
集中力を切らさず、残りの二匹に意識を向ける。
一匹が飛びかかる——しゃがんで、足払い。転倒したところに骨刀を突き立てた。
「キシャアアアアッ!」
最後の一匹が怯みながらも距離を取る。
俺は呼吸を整えながら睨んだ。
「来いよ……俺は、もうお前らに殺される側じゃない。」
緊張の一瞬——そしてネズミは、くるりと背を向けて逃げ出した。
俺は深追いしなかった。
地下の巣に戻り、死体を確認する。
ネズミの腹からは、奇妙な黒い結晶が出ていた。
《牙ネズミの魔核(下級)を入手》
これが……モンスター素材か。
ギルドに持っていけば報酬になるはず。
ふと、頭の中に“スキル進化”の通知が浮かぶ。
——いま、確認する時だ。
*
脳内に意識を集中すると、昨日のようにステータスウィンドウが開かれた。
────────────
【ユウキ・ハル】
レベル:3
体力:34/38
スキル:
▶自己治癒(進化可能)
スキルポイント:1
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「《自己治癒》を……進化させる。」
俺がそうつぶやくと、スキルに淡い光が走った。
《自己治癒 → 加速治癒(Lv1)》に進化しました。
《加速治癒》……読んで字のごとく、回復速度が上がるスキルらしい。
受けたダメージが時間経過で速やかに回復するとのこと。戦闘継続能力が大幅に上がる。
「これで……戦える。」
スキルが、俺に力をくれる。
だが、それ以上に——
この世界での自分自身の存在が、“確かに前に進んでいる”という実感が、俺を支えていた。
*
ギルドに戻ると、赤髪の受付嬢が驚いたように目を丸くした。
「もう終わったの?」
「ああ、三匹倒して、魔核を持ってきた。」
彼女は魔核を受け取り、簡単な鑑定を済ませると、報酬の小袋を手渡してきた。
「三つで……10シルバー。初仕事にしては、上出来よ。」
10シルバー。安いか高いかはわからないが、これで今日の飯代は確保できた。
「ありがとな。」
「それと——ユウキくん、これ。」
彼女が渡してきたのは、一枚の紙。
【追加クエスト:ゴブリン出没注意】
「隣の村で、ゴブリンの目撃情報があったの。Fランク単独じゃ危ないけど、もし行くならパーティーを組んでね。」
「……ゴブリン、か。」
いよいよ“人型”の魔物か。レベル3の俺にはまだ荷が重いかもしれない。
だが、いつまでも牙ネズミを相手にしているわけにもいかない。
強くなりたい。
俺は、ただ生き延びるだけじゃなく——この世界で、“生きて”いきたいんだ。
「……考えとくよ。」
そう答えると、俺は一人、ギルドを後にした。
空は快晴。風は涼しく、村の子どもたちが笑いながら駆けていく。
俺の“異世界”は、まだ始まったばかりだ。