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第3話牙ネズミ討伐と、最初のスキル進化

朝日が村の東から差し込む頃、俺は目を覚ました。


 昨日の疲労が残っていたものの、体は妙に軽い。

 《自己治癒》スキルの効果だろうか。傷も、打撲も、ほとんど残っていなかった。


「……よし、行こう。」


 初めての“クエスト”に向けて、俺は宿屋を出た。


 装備は貧弱そのもの。革の上着に、昨日の骨刀一本だけ。

 だが、この世界で生き抜くための第一歩。気合いだけは十分だ。


 ギルドに立ち寄ると、赤髪の受付嬢が軽く手を振ってきた。


「ユウキくん、準備できた?」


「はい。どこに行けばいい?」


「村の南に小さな農場があるんだけど、そこの倉庫に牙ネズミが巣を作っちゃってて……昨日も農具が齧られたって苦情が来たの。」


「なるほど。」


「牙ネズミはFランクでは定番のモンスターだけど、数が多いと厄介だから注意してね。」


 紙に地図を書いてもらい、俺は現地へと向かった。


 村の外れにある農場は、こじんまりとしていた。干し草の山が積まれ、鶏が走り回り、老人が鋤を片手に立っていた。


「おお、ギルドの方かね。助かるよ。あいつら、毎晩のように倉庫を荒らしてな……」


 老人は顎で小屋を指差す。木製の壁に、確かに齧られたような痕跡が残っていた。


「昼は出てこないが、地下に巣を作ってるはずだ。中に入るなら気をつけてくれ。」


 俺は頷き、小屋の扉をゆっくりと開けた。


 ——暗い。


 かび臭い空気が鼻をつき、奥には地下へ続く木の階段があった。

 骨刀を構え、足音を殺して降りていく。


 そして、地下の土の床に足を踏み入れたその瞬間——


 「キィィィィィ!!」


 甲高い鳴き声とともに、暗闇から何かが飛び出してきた!


「ッ——!」


 俺はとっさに身をかがめた。

 頭上をかすめて通ったのは、犬ほどの大きさのネズミ。灰色の毛並み、鋭い牙、赤く光る目。


 ——牙ネズミ!


 その後ろから、さらに二匹が続く。完全に囲まれた。


 数で押してくるタイプか。距離を取っても意味がない。


 「だったら……!」


 俺は前の一匹に飛び込んだ。


 骨刀を振り下ろす——だが、牙ネズミは素早い。寸前でかわされ、逆に右腕に牙が食い込んだ!


「ぐっ……!」


 痛い。だが、ここで怯んだらやられる。


 俺は振り払うように腕を回し、ネズミの腹を骨刀で斬り裂いた。


 「ギャアアッ!」


 一匹、撃破。


 その瞬間、視界に光が走る。


《経験値 +14》

《レベルアップ! 現在のレベル:3》

《スキルポイント +1》

《進化可能なスキルがあります》


 俺の脳裏に、昨日と同じ“声”が響いた。


 「今じゃねぇ……!」


 集中力を切らさず、残りの二匹に意識を向ける。


 一匹が飛びかかる——しゃがんで、足払い。転倒したところに骨刀を突き立てた。


 「キシャアアアアッ!」


 最後の一匹が怯みながらも距離を取る。


 俺は呼吸を整えながら睨んだ。


「来いよ……俺は、もうお前らに殺される側じゃない。」


 緊張の一瞬——そしてネズミは、くるりと背を向けて逃げ出した。


 俺は深追いしなかった。


 地下の巣に戻り、死体を確認する。


 ネズミの腹からは、奇妙な黒い結晶が出ていた。


《牙ネズミの魔核(下級)を入手》


 これが……モンスター素材か。

 ギルドに持っていけば報酬になるはず。


 ふと、頭の中に“スキル進化”の通知が浮かぶ。


 ——いま、確認する時だ。



 脳内に意識を集中すると、昨日のようにステータスウィンドウが開かれた。


────────────

【ユウキ・ハル】

レベル:3

体力:34/38

スキル:

▶自己治癒(進化可能)

スキルポイント:1

────────────


「《自己治癒》を……進化させる。」


 俺がそうつぶやくと、スキルに淡い光が走った。


《自己治癒 → 加速治癒(Lv1)》に進化しました。


《加速治癒》……読んで字のごとく、回復速度が上がるスキルらしい。

 受けたダメージが時間経過で速やかに回復するとのこと。戦闘継続能力が大幅に上がる。


「これで……戦える。」


 スキルが、俺に力をくれる。

 だが、それ以上に——


 この世界での自分自身の存在が、“確かに前に進んでいる”という実感が、俺を支えていた。



 ギルドに戻ると、赤髪の受付嬢が驚いたように目を丸くした。


「もう終わったの?」


「ああ、三匹倒して、魔核を持ってきた。」


 彼女は魔核を受け取り、簡単な鑑定を済ませると、報酬の小袋を手渡してきた。


「三つで……10シルバー。初仕事にしては、上出来よ。」


 10シルバー。安いか高いかはわからないが、これで今日の飯代は確保できた。


「ありがとな。」


「それと——ユウキくん、これ。」


 彼女が渡してきたのは、一枚の紙。


【追加クエスト:ゴブリン出没注意】


「隣の村で、ゴブリンの目撃情報があったの。Fランク単独じゃ危ないけど、もし行くならパーティーを組んでね。」


「……ゴブリン、か。」


 いよいよ“人型”の魔物か。レベル3の俺にはまだ荷が重いかもしれない。

 だが、いつまでも牙ネズミを相手にしているわけにもいかない。


 強くなりたい。


 俺は、ただ生き延びるだけじゃなく——この世界で、“生きて”いきたいんだ。


「……考えとくよ。」


 そう答えると、俺は一人、ギルドを後にした。


 空は快晴。風は涼しく、村の子どもたちが笑いながら駆けていく。


 俺の“異世界”は、まだ始まったばかりだ。


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