ゴブリン狩りと仲間の影
ゴブリン——それはこの世界における「人型魔物」の代名詞であり、初心者の登竜門とも言われる存在。
小柄で緑色の肌。鈍い刃物を持ち、簡単な戦術も用いる。
集団行動を好み、時には人間の村を襲うこともある。
ギルドの掲示板に貼られていたその討伐依頼は、明らかにFランクの新人に向けたものではなかった。
けれど——俺は挑むことにした。
*
翌朝。俺は村の東口に立っていた。
腰には骨刀、ポーチには回復薬。装備は相変わらず心もとないが、レベルはすでに4、加速治癒も習得済み。
さらに、昨日の夜には《スキル選択》が可能になり、新たにひとつ取得していた。
《習得スキル:戦闘直感(Lv1)》
戦闘中に相手の攻撃意図を感知する確率が上がる、受動スキル。
「じゃあ……行くか。」
地図を片手に森を進む。空気はひんやりしており、木漏れ日が土の上にまだら模様を作っていた。
1時間ほど歩いた頃——
「……いた。」
茂みの先、小さな開けた場所に、3体のゴブリンがいた。
一体は見張り。二体は何かを焼いている。小さな焚き火のそばには、動物の死骸。
俺は草陰に身を潜め、戦況を見極める。
(まずは、見張りからだ。)
足音を殺し、接近。
戦闘直感がうずいた瞬間、見張りのゴブリンが振り向いた。だが、それは一瞬遅かった。
「——ッ!」
骨刀がゴブリンの首筋に吸い込まれる。
ギャッという悲鳴をあげる暇もなく、一体、撃破。
《経験値+20》
《レベルアップ! 現在のレベル:5》
だが、気づかれた。
残りの二体が咆哮を上げながら突進してくる。
「来い!」
俺は横に飛び、一本目の骨刀で一体の攻撃を受け流す。
もう一体が脇から突き出してきた短剣を、逆手に持ったナイフで防ぐ。
反撃。踏み込みから、斜め下への斬撃!
ゴブリンの左腕が飛ぶ。
そのまま倒れ込んだゴブリンの胸に刀を突き刺す。
だが——
「ギャァアアア!!」
最後の一体が、俺の脇腹にナイフを突き立てた。
「ぐっ……!」
熱い痛み。血が噴き出す。
だが俺は、即座に《加速治癒》の効果で立ち直った。
「死ねええッ!!」
叫びと共に、骨刀を振り下ろす。
頭蓋が割れ、三体目のゴブリンも絶命。
《経験値+20》《魔核(下級)×3 入手》
息をつく。体は傷だらけ、だが、確かに俺は……生き残った。
*
——その時だった。
「……よくやったわね。」
静かな女の声が、背後から響いた。
反射的に振り返る。
そこには、フードを深く被った少女が立っていた。
年は俺と同じくらい、もしくは少し上。灰色のローブに革の靴、腰には二本の短剣。
「誰……だ?」
「私はリーネ。あんたが一人でゴブリンを倒したって聞いて、見に来たのよ。」
彼女はすっとフードを下ろした。
光の中に現れた顔は、整っていて、どこか冷たい印象を受ける。
「人間?」
「もちろん。」
彼女は軽く笑うと、俺の体を一瞥した。
「傷、深いわね。これ、使いなさい。」
差し出されたのは、見慣れない瓶。中には青白く光る液体。
「回復薬?」
「上位のよ。持ってても仕方ないし、貸しにしておくわ。」
俺はためらいながらも受け取り、一口飲んだ。
……瞬間、体中の痛みがスッと消えた。
《状態回復・中》
《加速治癒の効果が一時的に2倍になりました》
「……すごいな、これ。」
「でしょ?」
リーネは軽く笑うと、俺のすぐそばに座り込んだ。
「ねぇ、ユウキって言うのよね。私、知ってるわよ。」
「は?」
「昨日ギルドで話題になってたわ。『新人が牙ネズミを一人で倒した』って。」
そうか、噂になってたのか。
だがそれよりも——
「……なんで俺の名前を?」
「見たのよ。あんたが登録してるとこ。」
「……盗み見かよ。」
「観察眼、ってことで許して?」
リーネはくすっと笑う。
妙に落ち着いた態度。まるで、ずっと前から知り合いだったかのようだ。
「……で、何の用だ?」
「うん。あんたに興味があって。もしよければ——一緒に組まない?」
「組む?」
「そう。パーティー。ソロじゃ限界が来るわ。」
確かに……それはわかってた。
この先、もっと強い敵が出てくる。
一人で生き残れる保証は、ない。
「……考えとく。」
「ふふ、まあ、今日のところはそれでいいわ。」
*
リーネはその後、姿を消した。
だが、彼女と出会ったことで、俺の中に“別の視点”が生まれた。
誰かと共に歩むという選択肢——それは、俺にとって初めての考えだった。
村へ戻る途中、再び脳内に声が響く。
《連携スキル・カテゴリーが解放されました》
《条件:2名以上のパーティー編成時に有効》
「連携スキル……?」
つまり、誰かと一緒に戦えば、新たな力が得られるということか。
この世界は——想像以上に、奥が深い。
ただの剣と魔法の世界じゃない。
人との関係、感情、選択——すべてが、力に繋がる。
「面白くなってきたな。」
俺は笑った。
レベル5。スキル2つ。
そして……初めての仲間候補。
次の戦いは、きっと今までとは違う。
それでも、俺は前に進む。
——この命は、死んだはずの俺が、もう一度掴んだ命だ。