朝霧が森を包み込んでいた。
静けさの中、乾いた落ち葉を踏む音が二つ、規則正しく続いていた。
一人は俺——ユウキ。
もう一人は昨日出会った謎の少女、リーネ。
俺たちは今日、初めて“パーティー”を組んだ。
目的は、森の奥に巣を構える中級魔物「ブラッドウルフ」の討伐。
ギルドで得た情報によれば、牙ネズミやゴブリンとは比較にならない速度と凶暴性を持つ、獣型の魔物だ。
「緊張してる?」
リーネが俺の横で、ふと聞いた。
「まあな。正直、今までのとは段違いだろ。」
「それでも来るって決めたのは、あんたよ。」
「……ああ。」
それに——俺にはもう、退く理由がない。
死んだはずの命。今さら安全圏なんて選ぶ気はない。
「連携スキル、発動条件は“意識の共有”よ。」
「つまり、意思疎通か。」
「そう。言葉だけじゃなく、動き、呼吸、間合いの取り方——全部ね。」
「面倒くせえな。」
「でも、あんたはたぶん、向いてると思う。」
リーネが少し微笑んだ。その表情は、昨日よりも柔らかい。
「……なんでそう思う?」
「直感よ。」
「そりゃ便利なやつだ。」
「ふふっ、ね?」
*
やがて、開けた場所に出る。
空気が急に重くなった。腐臭と血の匂いが混じる、不快な空間。
「ここが……巣か。」
低く唸る声が、木々の奥から響いた。
現れたのは、一頭の巨大な狼——全身が赤黒く染まり、瞳は血のように赤い。
《ブラッドウルフ・討伐対象確認》
《危険度:Dランク中位》
「来るわ!」
リーネが叫ぶと同時に、ブラッドウルフが唸り声と共に突進してきた。
速い。
だが——
「——左に!」
リーネの声に即座に反応し、俺はステップで回避。
逆に、リーネが俺の背後に入り、ウルフの脇腹へナイフを突き刺す!
「ギャゥゥッ!!」
だが、浅い。毛皮の防御が厚い。
「ユウキ、上から叩け!」
「ああ!」
俺は岩場を駆け上がり、高所から跳躍。
「うおおおおおッ!!」
骨刀を振り下ろす。ブラッドウルフの背中に斬撃が走る。
同時に、脳内に声が響く。
《連携スキル:ツインフェイント Lv1 発動!》
——使用条件:二人の攻撃が同時に一点へ集中した時。
「今だッ!」
リーネが再び飛び出す。
俺の斬撃と同時に、彼女の短剣が喉元へ刺さる!
ブラッドウルフが呻き声を上げてのたうち回る。
しかし——
「まだだ!」
突如、ウルフが身体を震わせ、赤いオーラを纏い始めた。
《状態異常:怒り(バーサク)発動》
《攻撃力+50%、防御力-30%、理性喪失》
「ちっ、来るぞ!」
ウルフが咆哮し、俺に一直線に突っ込んできた。
「くっ……!」
受け止めきれない!
その時だった。
「下がって!」
リーネが俺の前に飛び出し、短剣でウルフの目を狙った。
刹那、ウルフが顔を逸らし、軌道が逸れる。
すかさず、俺が反撃に転じる。
「はあああああっ!!」
骨刀を振り下ろす。
喉元を狙った一撃が、ようやく深く突き刺さる。
ブラッドウルフが咳き込むような呻き声を漏らし、よろめき——そして、崩れた。
《討伐完了》
《経験値+130》
《魔核(中級)×1 入手》
《ユニークドロップ:血染めの牙》
……勝った。
呼吸が乱れ、汗が背中を伝う。
「……生きてるな、俺たち。」
「うん、生きてるわ。」
二人して、倒れたウルフを見下ろす。
まだ温もりの残る死体。だが、確かな達成感。
「連携スキル、ちゃんと発動したわね。」
「ああ、なんか……不思議と合ったな。」
「そういうのって、説明じゃないのよ。感覚なの。」
「俺、もしかして……才能あるか?」
「あるんじゃない?」
二人で顔を見合わせ、笑った。
*
帰り道、俺は少し前を歩くリーネの背中を見つめていた。
誰かと並んで歩くのは、きっとこの世界で初めての感覚だ。
この先、もっと強い敵が現れるだろう。
だけど、今日のこの勝利が、確かな道標になる。
《連携スキルカテゴリ更新》
《次のスキル習得条件:共闘10回以上》
「——ユウキ。」
振り返ったリーネが、不意に言った。
「また一緒に、行ってくれる?」
俺は、迷わず頷いた。
「ああ、もちろん。」
たった二人の、小さな冒険者パーティー。
けれど、ここから始まる。
俺の——“もう一つの人生”が。