ギルドの掲示板は、朝から騒がしかった。
中級以上の依頼が一気に解禁されたからだ。
その中に、ひときわ目立つ金枠のクエストがあった。
【新設ダンジョン:黒鉄の坑道(くろがねのこうどう)調査依頼】
《危険度:D+ランク》
《報酬:初期調査報酬+ボーナス魔鉱石》
《参加条件:ギルド認可パーティーのみ》
「——ダンジョンだ。」
俺は、紙をじっと見つめながら呟いた。
目を引いたのは“ダンジョン”という単語。ゲームで見たような幻想的なものではない。
ここでのダンジョンは、“魔素の濃度が異常に高く、魔物が巣食う特異空間”を指すらしい。
「おっ、ユウキじゃねえか。初ダンジョン挑戦か?」
背後から、聞き覚えのある声。
振り返ると、同じく新米冒険者のラッセルが腕を組んで立っていた。
金髪で大柄、口は悪いが腕は立つと評判の男。俺と同じタイミングでギルド入りしたが、ソロで突っ走っていたタイプだ。
「リーネちゃんと組んでんだっけ。へぇ、いい女手に入れたな?」
「……そういう言い方はよせ。」
「なんだよ、嫉妬か? ま、せいぜい気をつけろよ。ダンジョンは街の外とは訳が違うからな。」
*
「行くつもり?」
ギルドのカフェで、リーネが俺に聞いた。
カップの紅茶が、微かに湯気を立てている。
「行きたい。強くなりたいし、あの連携スキルを試したい。」
「……」
「でも、無理はしない。もし嫌なら——」
「私も、行く。」
彼女は静かに言った。
その言葉の奥に、覚悟と信頼があった。
「じゃあ、準備は今日中に。明日、出発しよう。」
「了解。」
俺たちは目を合わせ、頷いた。
*
翌日。
街の外れにある黒鉄の坑道入口は、すでに人だかりだった。
十数人の冒険者、全員がギルド認可パーティーの参加者たちだ。
「ふん、見ろよ。あのガキどもも来てやがる。」
「おい、あれリーネじゃねぇか? 一匹狼が、男と?」
周囲の視線が痛い。
リーネは“元・高ランクの剣士”だったらしい。今は何らかの理由でランクを落としているが、彼女を知る者は多い。
「気にするな。」
俺がそう言うと、彼女は小さく「平気」と返してくれた。
坑道の入口は、朽ちた鉄扉で閉ざされていた。だが、ギルド職員の魔法によって、ゆっくりと開かれる。
中から、湿った空気と魔素の匂いが漂ってきた。
《新エリア:黒鉄の坑道》
《環境スキャン中……》
《適応力スキル解放:ダンジョン耐性Lv1》
「スキル、来た。」
「私も。」
脳内に響いたシステムの声。どうやら、ダンジョンに入ることで発現する特殊スキルらしい。
“ダンジョン耐性”——長時間の探索での疲労や、魔素による精神異常を抑える効果があるという。
*
内部は、まるで古代の炭鉱跡だった。
木の支柱、崩れかけた石床、壁に残る古い鉱脈の痕。
だが、それ以上に恐ろしかったのは、異様な静けさだ。
まるで、魔物が気配を消して俺たちを“待っている”ような——
「気をつけろ。」
その直後、暗闇から飛び出してきたのは、全身を黒く包んだ鼠型の魔物。
「シャドウラット……!」
数は五体。
「リーネ!」
「任せて!」
俺たちは背中を合わせ、正面の敵に集中する。
「ツインフェイント!」
同時に声を上げる。
骨刀と短剣が交差し、ラットの一体を一瞬で仕留める。
《コンボ成功》
《連携スキル:ツインフェイント Lv2》
《効果上昇:クリティカル率+15%、再使用間隔短縮》
「成長してる……!」
「スキルも進化するのね。」
戦いながら実感する。
この世界で、生きていくためには——
戦って、殺して、進化しなければならない。
*
戦闘を終えた頃、通路の先で爆発音が鳴った。
「何だ!?」
「罠か?」
別ルートのパーティーが騒いでいた。
急行すると、倒れていたのは……ラッセルだった。
血まみれで足を負傷し、剣も折れている。
「くっ、クソ、油断した……!」
そばにいた仲間が助けを求めていたが、他のパーティーは皆、見て見ぬふりだった。
「……」
俺は、ラッセルに歩み寄った。
「ユウキ、やめて。あいつ——」
「放っておけない。」
そう言って、俺は傷薬を取り出し、ラッセルの足に塗った。
「……なんで助ける。」
「助けられるのに、助けない理由はねえよ。」
ラッセルは黙りこくった。
だが、目の奥に宿ったのは——確かに、俺への“評価の変化”だった。
*
ダンジョン探索は無事に終わった。
俺たちは、数個の魔鉱石とシャドウラットの素材、そして“信頼”を手に入れて帰還した。
ギルドに戻ると、受付嬢が笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい、ユウキさん、リーネさん。初ダンジョンお疲れ様でした。」
「……楽じゃなかったけど、行ってよかったよ。」
リーネが俺をちらりと見た。
少しだけ——照れているように見えた。
《スキル統合条件達成》
《新スキル候補:ハーモニックリンク 発現中》
——二人の信頼度が一定以上に到達した場合に発動
「新スキル、来たぞ。」
「へぇ……私たち、思ったより“いいコンビ”みたいね。」
「そうだな。」
初めてのダンジョン。
試されたのは、力だけじゃない。
信頼、覚悟、そして“生きる意思”。
それを胸に、俺はまた、一歩を踏み出した。