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 ドアの外から声をかけられ「どうぞ」と言っていないにもかかわらず、ベルティアの返答を待たずにドアが開く。その隙間から現れたのはセナ・フェルローネで、ゲームでは存在しなかった予想外の訪問客にベルティアは言葉を失った。


 そもそもベルティアが倒れたことがイレギュラーだったのでシナリオやキャラクターの動きが変わっていることは何ら不思議ではないけれど、まさかこの短時間の間にセナともう一度会うことになるとは思っていなかったのだ。

 そして何より、ベルティアはセナの頭上に浮かび上がる数値に驚いた。


「(なんでセナにも好感度の表示が……っ!?)」


 『聖なる瞳の幸福』でも『ベルティア・レイクの幸福』でも二人はいわゆるライバル関係で、お互いに攻略対象者ではない。それなのに本編の主人公であるセナにもベルティアに対する好感度が表示されており、よく分からない状況に思わず後ずさった。


 《セナ・フェルローネ 好感度:96%》


 医務室で目覚めた時に見たノアの好感度よりも高い数値に、二度見ならぬ三度見してしまう。ベルティアが倒れる前に出会ったセナに好感度の表示はなかったはずで、前世の記憶が蘇り『ベルティア・レイクの幸福』がスタートしてしまってから何もかも変わってしまった。


 でも、本編の主人公までがベルティアへの好感度が90%を超えているなんて、そんな話は聞いていない。


 クリア条件である『好感度0%』の対象者の中にセナも入っているということだろうか?もしそうだとしたら5人もの対象者の好感度を下げないといけなくなる。


「(……でもどうせ、セナには嫌がらせをしないといけないから自然と下がる…かな)」


 予想外の展開が続いて頭が混乱するのを通り越し、爆発しそうな思いだった。


 冷静に考えてみると、セナとは出会ったばかり。もしかしたら最初から100%の数値が、ベルティアが挨拶を無視したので96%になったのかもしれない。


 つまり、このまま嫌がらせを続けていれば数値は減っていくだろうとベルティアは予想した。


「あの、学園で倒れたと聞きまして……僕がご挨拶した時も体調が悪かったんですよね? 気付けなくてすみませんでした。これ、せめてもと思って…お見舞いの品です」


 にこっと笑いながらセナが差し出したバスケットの中には、サンドイッチやサラダなどの軽食が入っていた。きっと、体調が悪くても片手で食べられるようなものをわざわざ用意してくれたのだろう。


 ただ、ここでそう簡単に受け取るわけにはいかない。


 本編の主人公が自らシナリオを無視したのだから、こちらも勝手にさせてもらうことにした。


「せっかくご挨拶してくださったのに、こちらこそ申し訳ありませんでした。ただ、残念ながら食欲がないので……お気遣いは無用です」

「それは気が利かず、僕のほうこそすみません。では薬草だけでも」

「お構いなく。知り合って間もない方からいただく薬は怖いので」

「……ふふ、なるほど」


 お互いに笑顔を浮かべながら会話をしているけれど、ベルティアには全くセナの魂胆が見えなかった。何の用事があってベルティアの自室を訪ねてきたのかも、シナリオ通りの行動をしていないことも、セナの意図が何もかも分からない。


 不可解なことにベルティアが冷たい物言いをしても彼には響いていないようで、ノアやジェイドのように好感度が下がる気配は1%もなかった。


「……それと、元平民のセナ様にご忠告です」

「なんでしょうか?」

「部屋に入るときはノックをしてください。そして、部屋の主から許可が出たらドアを開けて入室です。……これは平民も貴族も変わりませんし、身分の差も関係ないマナーだと思いますが、セナ様が他の方に怒られないように教えて差し上げますね」


 所詮、生まれが平民の偽物貴族のくせに、というニュアンスをたっぷり込めた忠告をしてみた。ベルティアがどんな顔をしているか自分では分からないけれど、いかにも悪役っぽい物言いができたことに満足する。若干ドヤ顔になっているかもしれないが、ザ・悪役令息の余韻にベルティアは浸った。


「ベルティア先輩の部屋にしか来ない予定なので、大丈夫です。でも次からはノックして許可を待ちますね」

「………はい?」

「贈り物もお好きなものにしたいのでこれから色々教えてください!」

「いや、ちょっと……」

「そうだ、すみません! 馬車を待たせているのでもう行きますね。学園でお会いしたらまたご挨拶させてください! あ、仲良くなりたいのでベルティア先輩って呼んでもいいですか? あと、変な噂が流れていたので否定しておきました! お気になさらないでくださいね!」

「ちょっと待っ……!」


 セナを止めようとするベルティアの声は虚しくも彼に届かず、笑顔で手を振りながら部屋を去る。取り残されたベルティアは嵐のように去っていったセナの残像に手を伸ばしたまま「はぁ!?」と大きな声を出した。


「なに今の、どういうこと!?」


 攻略対象者ではないセナにもベルティアに対する好感度が表示されていて、セナはベルティアの部屋以外に訪問する先はなく、今日であった攻略対象者の中でベルティアへの好感度が一番高い。


「もしかして主人公と結ばれるルートも存在するってこと……? 隠しルートか追加要素、トゥルーエンドの可能性…どれもあり得る」


 なぜ前世の自分は全ての情報を知る前に死んでしまったのだろう。これではまるで、初期装備のまま魔王に挑む勇者のように丸腰状態ではないか。


 全く想像していなかった新要素の追加にベルティアは頭を抱えたが、セナの好感度が見えるようになっただけで自分がやることに変わりはない。ベルティアの目的はただ一つ、バッドエンドを迎えて自由の身になること。


 覚えている限りのゲームの内容をしたためた紙に大きく『目指せ好感度0%!』という目標を書き込んで、ベルティアは電池が切れたかのようにベッドに倒れ込んだ。




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