国が違えば結婚の在り方や爵位の授け方も様々だろう。でも、パーシヴァルが真っ直ぐな瞳で『自分が好きになった人を選ぶ』と言うものだから、そんな自由は羨ましいとさえベルティアは感じた。
「……グラネージュでは無理ですね。王家に嫁ぐ者はそれなりの家柄でないといけないのは周知の事実です」
「ああ、だから“血”を重視するのだなと言ったんだ」
「でも、アルべハーフェンにも身分制度はありますよね?」
「身分制度はあるが、グラネージュとは違って爵位の授かり方が特殊かもしれないな」
「特殊と言うと?」
「アルべハーフェンでは代々続く侯爵家、などはあまりない。もちろん続くいている家系もあるが、爵位を授かる基準は“魔力量”なんだ」
「魔力量……?」
「アルべハーフェンで生まれた者は赤ん坊でも魔力を持って生まれる。その魔力の量が多いほど高い爵位が与えられるんだよ」
本編では一度もアルべハーフェンの身分制度についての話は出てこなかった。そもそもパーシヴァルがベルティアや他のメインキャラクターに接触することすらイレギュラーなので、隣国の設定が詳細に決められているのも何ら不思議ではない。
それにしても『魔力量』で爵位を授かるというのは、グラネージュとは全く違うやり方や文化なのでベルティアは非常に興味をそそられた。
「ただ、さすがに王族や公爵は例外だけどね。侯爵より下は平民であっても魔力量が多ければ爵位をもらえる」
「でも、それって貴族だらけになるのでは?」
「ベルティアの言う通りだ。だから“紋章”の有無も関係してくる」
「"紋章”ですか?」
「ああ。魔力量が多い分だけ、体のどこかに紋章が現れる」
「へぇ……!」
「僕の紋章はここに」
そう言いながらパーシヴァルが急に制服のボタンを外し、くっきりと鎖骨が浮かび上がる白い肌を見せる。左胸の鎖骨の下に青く光る不思議なマークが浮かび上がっていた。
「紋章は大体自分が見える範囲についていることが多い。だから気が付かない、ということはないんだ」
「なるほど」
「王族は特にその紋章がある者が次代の王になる。年齢順ではなくてな」
「あ、だからパーシヴァル殿下は……」
「第二王子だが、僕が王太子なんだ。僕の兄上は魔力量が少なくてな……ただそれでも普通の人よりは多いから、国の重要な責務を担うことになるけれど」
「国が違えば色々と違うものですね」
「そうだね。アルべハーフェンではアルファの男同士でも結婚することは珍しい話ではないんだ」
「子供はどうするんですか……?」
「孤児院や教会で暮らしている優秀な子を引き取ったり、あとはビッチングするという話も聞くな」
ビッチングという言葉を聞いてベルティアはビクッと体を震わせた。なんせ、その単語をノアから言われたことがあるからだ。
グラネージュではほとんど例がないけれど、ビッチングというのはアルファが後天的にオメガに転換する方法である。オメガに発情期があるようにアルファにも似たようなものがあり、それをラットという。お互いにラット状態の時にうなじを噛まれるとビッチングするという話や、性的に屈服させられるとオメガになるという説も。なんせグラネージュではあまり報告がない例なので、方法は曖昧にしか分からない。
ただ、ノアは爵位以外に子供ができないことが問題なのであればそういう方法もある、と前に言ってくれたことがあった。彼なりに色々調べてベルティアの不安を取り除こうとしてくれたのだろうが、バース性の問題が解消しても爵位の問題がある。
なので、ノアが必死に説得してくれてもベルティアの答えはいつもノーだった。
「パーシヴァル殿下は自分が好きになった人を選ぶとおっしゃいましたが、その人の魔力量が少なく爵位を持たない人であればどうなるんですか?」
「自由恋愛型だと言ったほうが簡単かな。アルべハーフェンでは爵位のための魔力量だったり、爵位のための結婚という考えはない。つまり、争いがないんだ。よく勘違いされるが、紋章を持つ子供を産むことに必死になるわけでもない。魔力や紋章は妖精からの授かりもので、国を豊かにするために持つべき人が持つものだと考えられている。それと同じように、恋愛においても惹かれ合う者同士が結婚したらいいという考え方があるんだよ」
「そういうものですか……」
「そういうものだな、アルべハーフェンでは。僕の母上は元平民だが、王の一目惚れで結婚した。それでも国は祝福してくれるくらい、自由が認められているんだよ。だから僕がベルティアをパートナーに選ぶのも、僕の自由というわけだ」
ないものねだり、隣の芝生は青く見える、という話だろう。グラネージュもいい国であるのは間違いないけれど、アルべハーフェンの自由さを聞くと、とても生きやすい国だろうなと想像した。無事に国外追放となればアルべハーフェンで暮らすのもアリかも、なんて単純なベルティアは考えた。
「もしも他の国の人がアルべハーフェンに住みたいと言ったらどうなるんですか? たとえば、グラネージュの国民はほとんど魔力がありません。殿下もご存知の通り、ベドガー家が最後の魔術師家系と言われているくらいです」
「他国の者がアルべハーフェンに永住したいと言えば、妖精による祝福の儀式がある。ただ、魔力を武力として自国に持ち帰ろうとする輩もいるから、厳しい審査があるけどな」
「妖精の祝福を受けると魔力を授かれるんですか?」
「ああ。魔力がなくても迫害される理由にはならないけれど、あったほうが何かと便利だからな」
パーシヴァルの話を聞いて安心した。ベルティアが半年後に国外追放されたとしても暮らしていける国があると分かり、ほっと胸を撫で下ろす。国外追放された問題児、という情報がアルべハーフェンにまで及ばなければの話だけれど。
「もしも……ベルティアがアルべハーフェンに住みたいと思う時がきたら、僕が助けよう。君ならきっと妖精からも気に入られる」
「そのお言葉、忘れないでくださいね。もしそうなった時はパーシヴァル殿下の元を訪れますから、追い返さないでください」
「ふっ、はは、分かった。君との約束は死ぬまでずっと覚えてることにするよ」
眉を下げ、口を開けて無邪気に笑うパーシヴァルを見つめていると、窓の外から視線を感じた。そちらに視線を向けると《好感度:83%》という数字と共に図書室にいるベルティアを見上げているノアと目が合って、激減している彼の好感度の数値にごくりと唾を飲み込んだ。
――好感度を上げるのが目標じゃないだろ、ベルティア・レイク。しっかりしろ。
ノアの好感度が90%を切り、もうすぐ80%も切ろうとしていることに少し動揺した。ノアだけは最後までベルティアに好意を持っているから、なんて烏滸がましいことを心のどこかで思っていたのだ。
ノアはセナのためのキャラクターであり、ベルティアの相手ではない。頭ではそう分かっているのに心がズキズキと痛むのは、彼が何か魔法をかけたのだろうか。