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 ベルティアとノアが出会ったのは、二人が7歳の時。


 ノアは幼い頃は体が弱く、一時期は王都を離れ田舎の領地で療養していた時期がある。療養先はオリヴィア・ローズウッドの祖父が治めるローズウッド領で、そこに向かっている途中でノアの体調が悪くなり馬車を止めたのが運の尽き。


 ローズウッド領に行くまでの道のりにはレイク男爵家が管理している村があり、夏でも涼しい森の中の泉で一休みしていたノアとベルティアが出会ったのが始まりだ。


「ねぇ、どうしたの? 具合が悪いの?」

「あ、えっと……」


 ベルティアが日課であるお祈りをするために泉を訪れると、綺麗な顔をした男の子・ノアが項垂れていた。周りには誰もいなくて、食糧か何かを取りに行ったのか、ノアが一人になりたいと言ったのかは分からない。でもタイミングが良いのか悪いのか、ベルティアがそこに現れてしまったのだ。


 きっとここで出会わなければ、今頃二人とも全く違う道を歩んでいたかもしれない。いや、正確にはベルティアだけは、違う道を歩んでいただろう。


「待ってて、人を呼んできてあげる!」

「い、いいんだ! 少し休めばよくなるから……」

「そう? あ、お水持ってるよ! 飲める?」

「う、うん……ありがとう」


 王子たる者、見知らぬ人からもらう物には気をつけないといけない。ノアはそういうところはしっかりしているが、この時ばかりはベルティアの優しさに縋りたくもなるほど弱っていたのだろう。ベルティアがバッグから取り出した水をごくごく飲んだノアの顔色は徐々によくなっていって、額に滲んでいた汗もいつの間にか引いていた。


「ここ、涼しいね」

「そうでしょ! 女神様の魔法がかかってるんだよ」

「女神様の魔法?」

「うん。泉の神様! 具合がよくなるようにお祈りしてあげるね」


 いつでも青白く光っている水面に向かってベルティアは手を合わせながら目を瞑り、具合が悪そうな少年のために祈りを捧げた。そんなベルティアのほうが『女神様』のようだと、幼いノアは一目惚れをした。


 それからノアは従者にわがままを言い、数日レイク男爵家でベルティアと過ごすことを望んだのだ。もちろん従者たちは慌てたが、お忍びで療養に出た王子の身分を明かすわけにもいかず、ローズウッド領に引っ越しをする家族を装ってレイク男爵家に数日滞在したのである。


「ノア、もう会えないの……?」

「きっと会える。欠かさず手紙を書くから、ベルも返事をしてくれたら嬉しい」

「うん、分かった。絶対に返事を書くね」


 なんて、可愛らしい子供の約束。でもノアはその約束を守ってくれて、定期的にベルティアに手紙を送ってくれた。会うことは簡単ではなく、ノアと別れてから長い間会えなかったけれど、手紙が二人を繋いでくれていた。


 その過程でノアが実は第一王子の王太子であることを本人から打ち明けられたが二人の仲は変わらず、秘密の幼馴染で文通相手になったのである。


 ベルティアとノアの再会が叶いそうだったのは、ノアが13歳の時に王立学園に入学すると手紙に書いていたから。少しでもノアに近づきたい、釣り合う人になりたいという思いが勝り、ベルティアは努力した。その成果が実り、特待生となって王立学園に16歳の時に入学した。


 ただ、神様というのは試練を与えるものだ。

 入学を機にバース検査を行った。15歳前後を目処にバース性は確立されると言われているので、もしもオメガならノアと番になれる可能性があると少しの希望を抱いていたから。

 でも現実は残酷で、その後何度バース検査をしても、ベルティアがアルファという結果は一度たりとも変わらなかった。


「ベル、バース性にこだわらなくても俺にはお前しかいない。爵位だって家柄だって関係ない。俺が生涯を誰かと共にするのならお前がいいんだ、ベルティア」


 せっかく努力をして王立学園に入学しても周りからは『なぜ男爵令息が』と陰口を叩かれるし、どうやっても結ばれないバース性、家柄、身分差――その何もかもが嫌になり、入学前にノアに会えるとワクワクしていたベルティアの心は打ち砕かれた。


 年を重ねるにつれて、子供の頃の無邪気な気持ちだけでは社会には通用しないのだと学んだ。ノアもそんなことは分かっているだろうが、引くに引けないだけだろう。


 だから、ベルティアのほうからバース性を理由に離れることにした。でもノアは変わらず、ベルティアを求めた。


 二人のそんな過去の話にプレイヤーは心を打たれ、どうにかベルティアが攻略対象者(特にノア)と結ばれて幸せになれる未来がないかと探すのだ。でもそんな未来は存在しない。なぜならこの世界は主人公のために存在しているのだから。


「僕の見立て通りよく似合ってるよ、ベルティア」

「こんなに高価な服を用意してくださってありがとうございます。俺にはもったいないほど素敵です」

「いや、ベルティアだから似合うんだ。用意した甲斐があった」


 聖なる瞳のお披露目パーティーが始まる直前、パーシヴァルが用意した服を身につけたベルティアはまさしく『服に着られている』状態の自分に苦笑した。パーシヴァルは深い青色を基調に白のアクセントを添えたシックな装いで、ベルティアはその反対に白を基調に青色がアクセントになっている対の衣装。小物やアクセサリーはシルバーで統一されていて、まさしく『パートナー』として完璧な装いと言えるだろう。


「もしダンスで足を踏んだら申し訳ありません」

「あはは、大丈夫。そんなに柔な男ではないから」

「とても頼りになるお言葉ですね」


 会場に続く扉の前。パーシヴァルと腕を組んで入場を待っていると、ベルティアは今更緊張してきた。きっとパーシヴァルと入場してくるベルティアの姿を見た貴族たちは『自分の身分を分かっていない無礼な男爵令息』という陰口を言うのは目に見えて分かっている。


 そう言われることに慣れていると言っても、それに耐えられるかどうかは別問題だ。でも、悪役令息として仕事をしなければならない。そのためには隣国の王太子だって利用できるものは利用するのだ。


「パーシヴァル殿下のお相手、どうしてあの田舎者なの!?」

「オリヴィア様の申し出をお断りしたと聞いたけれど、まさか他のお相手がよりによってあの方なんて……」

「隣国の王太子はよほど見る目がないんだな」


 案の定、ヒソヒソとそう言われているのが分かる。ただ、隣にいるパーシヴァルが「背筋を伸ばして、前を向いて。それだけで君は会場の誰より存在感があるから」と囁いた。


 そんなことはないと思うけれど、助言は聞くものだろう。パーシヴァルの言うように背筋をピンっと伸ばし、顎を引いて真っ直ぐ前を向いて立ってみると、一部から小さく感嘆の声がもれた。


「パーシヴァル殿下、ベルティア先輩! 今日は来てくださってありがとうございます」

「セナ様、こちらこそお招きいただき光栄です。もっとも、パートナーに選んでくださったパーシヴァル殿下のおかげでもありますが」

「滅相もない。君をパートナーにと望む声は多かったと思いますよ……ですよね、ノア殿」

「……そうかもしれないな」


 やはりノアはセナのパートナーになったのだろう。ベルティアとパーシヴァルのように二人は腕を組んでいて、お揃いのデザインの服を着ている。本編にもあったお披露目パーティーのイベントでも最初はノアとセナがパートナーだった。それはセナが編入してきて間もないからで、婚約の話が浮上したノア以外に適切な人がいなかったからだ。


 最終的に、ノアやベルティアの卒業パーティーの時に誰の申し出を受けるかでエンディングが変わる。攻略対象者たちの年齢はバラバラだが、そこはゲーム補正として在校生もパーティーに参加するシステムだ。半年後にセナと腕を組んでいるのは誰なのだろうかと、ベルティアは二人の絡まった腕を見ながらぼんやり考えた。




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