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「お披露目パーティーって疲れちゃいますね。もっと楽しいものかと思ってたんですけど……挨拶するばかりであんまり楽しくないです」

「もうすぐダンスが始まるでしょうから、この機会に色んな方と踊られてみては?」

「ダンスといえば、ノア様にご紹介していただいた先生がとても厳しくて……」


《セナ・フェルローネ 好感度:87%》

《ノア・ムーングレイ 好感度:80%》


 セナは最後に会ってから3%減、ノアに関してはこのパーティー会場で会ってすぐ、83%だったものが80%に落ちた。予想でしかないのだが、ベルティアがパーシヴァルのパートナーとして入場してきたからだろう。


 なんせベルティアは今までどんな小規模なパーティーだとしても、彼からの申し出は断っていたのだから。ノアにしてみれば自分の申し出は断るのに他の男の申し出は受けるのかと、好感度が下がる気持ちも分かる。


「すみません、夜風に当たってきます」


 パーシヴァルとのダンスを終えたあとベルティアは会場を抜け出して、庭園の噴水に腰掛けた。満月が水面に映って揺れる様子を見つめながら、久しぶりに参加したパーティーの疲れを実感する。装飾品がついている服は異様に重いし、肩も凝る。きっと明日は全身筋肉痛だろう。


「――ベル」


 涼しい風がベルティアの頬を撫で、その風に乗ってきた声の主を確認したベルティアはそっと視線を逸らす。ベルティアと一瞬目が合ったあと、ノアはゆっくりとこちらに近づいてきた。


「お前がこういうパーティーに出席するとは驚いた。来るつもりだったのならパートナーの申し出をしたらよかったな」

「……パーシヴァル殿下からの申し出だったので、仕方なくお受けしただけです。そうじゃなければ来ませんでした」

「そうだよな。ベルは俺の生誕パーティーにすら出てくれないのだから」

「嫌味を言うためだけに来たのなら、お帰りください。こんな場所で二人でいるのを見られたくないです」

「ベルティア・レイク」


 噴水の縁に腰掛けていたベルティアの前に立ったノアは、大きな手でベルティアの細い顎を掴む。そのまま上を向かされると、抵抗する間もなく熱い唇が重なった。


「んっ、ぁ……ッ!?」


 逃げなくちゃいけないのに、抵抗しなくちゃいけないのに、体が言うことを聞かない。とろっとした唾液を流し込まれると、まるで媚薬でも飲まされたかのように頭がぼーっとしてきて、ノアの服を掴んでいた手にだんだんと力が入らなくなってきた。


 遠くからパーティー会場で流れているダンス曲や人々の笑い声がする。ベルティアの真隣にある噴水から水が溢れる音に混ざって、ぐちゅぐちゅと下品に舌が絡まり合う卑猥な音がして耳を塞ぎたくなった。


「や、やめ、やだ……っ」

「俺を拒否しないでくれ、ベルティア……愛してる、愛してるんだ」

「ふぁ……!」


 角度を変えながら熱い口付けをされ、頭の中もぐちゃぐちゃだ。はぁ、とノアの息が唇に当たるたびに、火傷しそうなくらい熱を持ったそれに驚いて体が跳ねる。そんなベルティアの反応を見るノアの目元が優しく微笑んでいて、ベルティアはなんだか泣きそうになった。


「やめてくださいッ」


 曲がりなりにも、ベルティアもアルファだ。ノアやパーシヴァルに比べたら華奢に見えるかもしれないが、それなりに腕力もある。嫌だと言っているのに止めてくれないノアに痺れを切らし、思わず突き飛ばしてしまった。


「こ、こんなところで、こんなこと! 正気ですか!?」

「……」

「俺が、周りからどういうふうに見られているのか殿下もご存知のはずです! あなたは国王になって国を導いていく人……そんな人が、ただの男爵家の息子を目にかけて破滅の道を歩まないでください!!」


 頭の中も心もぐちゃぐちゃに混乱していて、訳の分からない涙が溢れてきた。でも、自分のことは自分が一番よく分かっている。


 口付けが嫌だったわけじゃない。ノアのことを嫌いなわけじゃない。だから、どうしようもないのだ。これ以上ノアへの気持ちが大きくなって、彼のことを愛していると自覚したって、どうにもならないから。


 結ばれないのが分かっているのに、結ばれてはいけないと分かっているからこそ、辛すぎて離れたい。もちろんノアはそれを知らないから彼のせいではないけれど、どうして諦めてくれないのだと泣いてしまいたくもなる。


「悪かった、ベル。俺がどうかしていた……」

「……悪いと思っているのであれば、今すぐ会場に戻ってください。俺はこんな顔ではしばらく戻れませんから」


 手の甲で涙を拭いながらそう言うと、ノアは伸ばしかけた手を引っ込めて難しい顔をしたまま庭園を去っていった。残されたベルティアは一人その場にうずくまり、顔を膝に埋めて涙を堪える。ぐすっと鼻を啜ると、近くでパキッと小枝が折れる音がして顔を上げた。


「ふうん、噂は本当だったのね」


 綺麗なソプラノボイスが頭上に降りかかってくる。薄ピンクのドレスの裾と金色の長い髪の毛がふわりと風に舞い、緑色の瞳がベルティアを見下ろしていた。


「パーシヴァル殿下がパートナーにお選びになるほどのお気に入りなのに、ノア殿下のお手つきなんて。とんだスキャンダルね?」


 《オリヴィア・ローズウッド 好感度:-5%》


 マイナスという数値が本当に存在するのかと、彼女の頭上の好感度を見て純粋に驚いた。ベルティアが驚いて何も言えずにいると彼女は大きな目を細めて「侯爵令嬢を不躾にジロジロと見るものじゃありませんわよ」と、正論なのだが顔や仕草が圧倒的にオリヴィアのほうが『悪役』の名に相応しいと思えた。


「も、申し訳ありません、オリヴィア・ローズウッド嬢……」

「あら、わたくしのことを知っているのね」

「お噂だけは……」

「そう。わたくしも噂だけで、あなたのことを知ってるつもりよ」


 ゲームでの彼女は、セナに対してのみ愛らしい女性だ。本当にセナのことが好きなのだなというほどセナの前では態度が変わり『ベルティア・レイクの幸福』では高圧的な態度だったのを思い出す。


 大切なセナの幸せのため、邪魔をするベルティアを排除するために動くようなキャラクターなのだ。それもあり、彼女の好感度を下げるのは簡単だった。まあ今の時点では、これ以上下げる必要もなさそうだけれど。


「噂は事実とは異なります。俺はパーシヴァル殿下のお気に入りではありませんし、ノア殿下のお手つきでもありません」

「熱烈な口付けをしていたのによく言えるわね。まあ……今は・・別に口外するつもりはないけれど」


 アルファとして最上級の威圧感と、女性特有の芯の強さが表れているオリヴィアの冷たい声に心臓が凍りつくようだった。彼女は本当にセナのためなら何でもするというタイプの人間なので、ベルティアと結ばれた後に事故に見せかけて殺したり、侯爵令嬢だけれどセナの侍女として生涯を捧げることに何の抵抗もないのだろう。


 ノアとは違う『執着』の片鱗を見たようで、オリヴィアの冷たい瞳に体がぶるりと震えた。


「わたくし、セナ様とは仲良くさせていただいているの」

「そう、なんですか」

「ええ。あの方は本当に心優しくて良い方なの。そんな彼の幸せが脅かされ、邪魔する者が現れたらわたくしは容赦しないつもりよ」

「……」

「ねぇ、ベルティア・レイク殿。もう二度と、わたくしがあなたの前に現れることがないといいわね」


 悪役令息より悪役が似合う令嬢は、オリヴィア・ローズウッド以外にいない。何も言葉が出ずにオリヴィアを見つめているだけのベルティアにフッと微笑んで、彼女は金色の柔らかい髪の毛を風になびかせて去っていった。




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