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 ノアもオリヴィアも去った庭園に再び一人になったベルティアが吐いた息が、存外大きく庭園内に響いた。そのため息の大きさに自分でも驚いてパッと口元を覆ってみたけれど、どうせ聞いている人はいない。


 なぜ自分がこんな目に遭わないといけないのか、運命の辛さを実感したらまた涙が滲んできた。


「……ベルティア?」

「ぱ、パーシヴァル殿下……」

「泣いてるじゃないか、どうしたんだ!?」

「いえ、これは……気にしないでください。目にゴミが入っただけなので」


 ゴシゴシと手の甲で涙を拭ったのもあり赤くなっている目元を見て、庭園に現れたパーシヴァルがひどく慌てて駆け寄った。パーティー会場を飛び出した庭園では色んなことが起こったり主要キャラクターに会うイベントが多いけれど、一つの場所で三人に接触するとは思っていなかった。


「擦ったら明日も赤くなってしまうよ」

「そう、ですね。すみません」

「よければこれを」


 そう言いながらパーシヴァルが自分の胸元に手をかざすと、彼の胸元に入っていたハンカチーフがふわっと宙に舞う。驚いて瞬きをした間にそのハンカチはウサギの形になって、ベルティアの膝の上にちょこんっと乗っていた。


「えっ、な、なんですか!?」

「ふふ。ただのハンカチだよ」

「いや、でも、動いてますが!?」

「魔法でウサギのように動くように細工したんだ。気に入った?」


 ベルティアの膝に乗っているウサギの形をしたハンカチは本当に生きているかのように動いていて、愛らしささえ感じた。


「こんなに可愛いハンカチ、使えないですよ」


 ベルティアが指でウサギの頬に触れると、本物のウサギのように指に擦り寄ってくる。その様子があまりにも可愛らしくて、ベルティアは小さく笑みをこぼした。


「やっと笑ったね」

「え?」

「ここ最近、ずっと難しい顔をしていたから。何か悩みがあるのかと思って」

「悩みといえば、悩みですけど……でも殿下に聞いてもらうほどのことでもないので、大丈夫です」

「ベルティア。僕は君と短い付き合いだけど、君が自分の気持ちを隠して平静を装っているのは分かる。時には誰かを頼ってもいいんじゃないかな」

「でも……」

「……ノア殿下とのこと?」


 半分正解で、半分不正解。ノアとのことをどうするかも考えないといけないけれど、その大元にはゲームの世界という大前提がある。それを話したところで理解されないのは分かっているし、パーシヴァルを困らせることになるのも分かっているから、どちらにしろ話せないのだ。


 膝に乗っているハンカチのウサギが「どうしたの?」と言うように首を傾げるのが分かって、その頭をベルティアはちょんちょんっと撫でる。少し冷たくなった夜風が、ベルティアとパーシヴァルの間を流れていった。


「もし、ノア殿下のことを諦めさせたいなら……僕が恋人のフリでもしようか」

「そ、れは……」

「僕は周りからの評価は気にしない。どうせ半年後にはグラネージュから去る身だし……もしもベルティアがいいと言うなら、卒業後は一緒にアルべハーフェンに行こう。結婚とかそういう話ではなくて、一つの選択肢だと思ってもらえたら」


 パーシヴァルは本当に自由な人だ。身分も国も関係なく、卒業したら二度と会うことはないであろう男爵令息なんかのためにここまで言ってくれるなんて。そんな優しいパーシヴァルを事情も説明せずに巻き込むのは気が引けたけれど、彼の好感度が表示されていないのが唯一の救いであり、お助けキャラクターなのかもしれない。


 本編ではベルティアが一人で立ち回り、奮闘していたけれど、強力な味方が名乗り出てくれた。


「……卒業するまで、恋人のフリをお願いしたいです」

「分かった。君が困っているなら助けよう」

「ただ、条件があります」

「条件?」

「はい。俺が、誰にどんな酷い態度を取っても、黙認してください。それと、恋人のフリはあくまでノア殿下の前でのみお願いします。できれば、俺がお願いしたタイミングだけそう合わせていただけたら……」

「僕はそれでも構わないけど、ベルティアがしようとしていることは誰かが傷つくようなこと?」

「……心は傷つくと思います」

「君は?」

「え?」

「ベルティア自身も傷つくようなことかい?」


 セナに対しての嫌がらせはもちろん本望ではない。パーシヴァルの介入やセナの好感度表示などあらゆるイレギュラーが起こっている世界だけれど、今のベルティアにはそうするしか方法がないのだ。


「……傷つくとは思いますが、そうするしかないんです」

「僕はそれを助けないほうがいい?」

「はい、できれば」

「なるほど。僕が恋人のフリをすることでベルティアがやりたいことはやりやすくなる?」

「そう思います」

「そうか……分かった。君が誰にどんな酷い態度を取っても黙認することと、君がお願いした時だけ恋人のフリをすることを約束しよう」


 とにかく、ノアの好感度を下げるにはパーシヴァルに協力してもらったほうが早いことは確実。セナの逆攻略法は未だに不明だけれど、ゲームと同じように根気強く嫌がらせをしていけば、卒業パーティーではベルティアがしてきた悪事の数々を主人公自ら暴露してくれるだろう。


 他の攻略対象者たちは幼馴染のジェイド以外は好感度は50%以下にできる(一人はすでにマイナスなのは良いことだ)だろうし、実際問題一番好感度が下げにくいのがノアなのだ。裏を返せば、ノアの好感度さえ50%以下にできれば卒業パーティーで断罪され、国外追放される確率がグッと上がるということ。


 そのために、使えるものは全て使わなければ。しかも、善意だけで協力を申し出てくれる人がいるのだから。


「隣国の王太子殿下にこんな不躾なお願いをするのは心苦しいですが……申し出に感謝します」

「もしも君のやりたいことが実現した暁には、僕のお願いを一つ聞くと約束してくれるかい?」

「もちろんです。俺にできることであれば」

「その言葉、覚えていてくれ。これで契約は成立だ」


 夜の庭園でしっかりと握手を交わし、ベルティアとパーシヴァルの契約成立は空に浮かぶ満月が商人になってくれた。




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