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第3章:真実の片鱗



「お前、ノア殿下に何しでかした?」


 温室での一件からしばらくして、寮の食堂で鉢合わせたジェイドから苦言を呈された。ベルティアはちらりとジェイドを一瞥し「別に、何も」と短く言ったけれど、彼はため息をついて頭を横に振った。


「そんな言い訳、信じられるわけないだろ。最近パーシヴァル殿下と一緒にいるのが関係してるとか?」


 《ジェイド・ベドガー 好感度:54%》


 最後にきちんと好感度を確認した時から、ジェイドの好感度は10%下がっている。それでも今のところ、セナ以外の攻略対象者の中で一番数値が高いのがジェイドになるなんて思ってもいなかった。温室の一件からノアを何度か見かけたが彼の数値は50%から変動はなく、ベルティアは密かに焦りを覚えているところだ。


「そもそも、俺が殿下に何かしたとして、ジェイドには関係ないじゃん」

「それはそうなんだけど……ライナス殿下が、王宮でもノア殿下が荒れてるって言ってたからさぁ。ベルティアに何があったのか聞いてくれって頼まれたんだよ」

「ノア殿下と関わらないことにした、それだけ」

「関わらないことにしたって、何でいきなり?」

「何でって……関わるなって言ってたのは周りのほうなのによく言うよ」

「俺はそんな、責めるつもりじゃ……ただ変だなと思っただけで……」


 ベルティアはこれまで『男爵家の人間が王太子に近づくなんて身の程を知れ』と言われてきたものだ。ノアの側近であるレオナルドや学園に通う貴族、幼馴染のジェイドでさえもノアと仲がいいのはいかがなものか、と昔から言っていた。


 もちろん感情に任せて動いていた幼い自分も悪かったと思っているけれど、ここ数年はノアを突き放すような態度を取っているのに、諦めが悪いのはあちらのほうだ。それなのにベルティアだけが悪いと言うような周りの言葉や態度には納得していなかったし、そうやってベルティアを責めてきた人間が今更なにを言っているのか。


 やっと身の程を弁えたんだな、と褒めてくれてもいいのに。そう思いながらベルティアが自嘲すると「本当にごめん」とジェイドが小さく謝った。


「その、俺自身……ノア殿下とベルティアがいつか結ばれるんじゃないかって、勝手に思ってたから……」

「え?」

「ベルティアが殿下の押しに負けるかも、って」

「ああ……ないない、あり得ない。そこまで俺も馬鹿じゃないって」


 そう言いながら自分の胸が痛むのをベルティアは感じる。確かに今までのベルティアには心の隅っこにノアへの気持ちがあったのは事実だ。彼が初恋の人だというのも事実で、ノアに近づきたくてこの学園に入り、自分の第二性がアルファだったから諦めた恋。


 ノアもベルティアに対して同じ気持ちを抱いていて、色んな理由で拒否してみても諦められない彼のほうが想いは大きいのかもしれない。


 諦められるほどの恋なら、最初から恋じゃなかったのか。周りから反対されて諦められる恋ならば、最初から勘違いだったのか。


 最近よくそんなことを考えるけれど、今更考えたって仕方がない。ベルティアはこの世界の悪役で、誰とも幸せになってはいけない『運命』なのは何百年も昔から決まっていたのだから。


「とにかく、ノア殿下にはセナ様がいるんだから、身を引こうと思っただけ」

「……その婚約の話、なくなったらしいよ」

「なくなった? 何の話?」

「殿下が白紙に戻してくれって陛下に直談判したって……床に頭こすりつけて懇願したらしい」

「はぁ!? 何で!?」

「“どうしても生涯を共にしたい人がいる”」

「え……」

「ライナス殿下が聞いた時はそう言ってたってよ。その相手がお前だと思ったから、ベルティアが殿下と距離を置いてるのは変だなって思っただけ」

「セナ様との婚約がなくなったって……」


 ジェイドから聞いた衝撃の事実に、開いた口が塞がらないとはこのことだ。詳しく事情を聞こうと思ったけれど、ちょうど現れた寮父から言葉を遮られた。


「ベルティア・レイク殿! お手紙をお預かりしていますよ」

「あ、ありがとうございます……」


 受け取った手紙の差出人を見てハッとする。封筒の裏には『ルシアナ・レイク』と丁寧な字で書かれていた。


「おばあさんから?」

「そうみたい。ごめん、俺今日は部屋で食べるから」

「あ、ベルティア!」


 卒業まであと数ヶ月。そのタイミングでベルティアの元に届いた一通の手紙は『ベルティア・レイクの幸福』で最重要イベントの一つ。最重要イベントと言っても、主人公の表ルートとは違って攻略対象者との仲を深めるようなものではない。ベルティアが抱える『運命』の話を祖母から聞かされ、自分がなぜ『悪役令息』なのかが分かるイベントなのだ。


 今のベルティアは前世でプレイヤーとしてゲームをしていた時の記憶があるので悪役に徹しているが、何も知らないゲームのベルティアはノアのことをただ世間体だとか第二性の不一致が理由で避けていただけ。祖母の話を聞いてからベルティアはゲーム内で本格的に『悪役令息』として動き出すきっかけになる。


「“あなたに話さなければならないことがあります……次の休みに実家に帰省してちょうだい”」


 祖母・ルシアナの手紙を読み上げると記憶と同じ文章が書かれていた。それからすぐに寮父へ外泊届けの申請をしに行き、早速次の休みに実家へ帰省することにした。




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