祖母から連絡をもらい、ベルティアは久しぶりに実家へ帰省していた。ベルティアの実家は王都からかなり離れた田舎にあるので、たどり着くまでに半日はかかる。馬車に揺られながら本を読んだり眠ったりしていると、いつの間にか実家の前に馬車が止まっていた。
「ベルティア、よく帰ってきましたね」
「おばあ様もお元気そうで何よりです」
「帰ってきたばかりだけれど、そう長くもいられないでしょう。手紙に書いた話をしてもいいかしら?」
「はい。その話を聞くために帰ってきましたから」
「あなた、なんだか……いえ、なんでもないわ。こちらにいらっしゃい」
実家に着いて早々、ルシアナの部屋に連れて行かれた。その道中で会った父のエリファス・レイクと母のクラリス・レイクが「おかりなさい」と声をかけてくれたが、二人とも神妙な顔つきをしていて胸がざわついた。何を話されるか大体の見当はついていても、どうやら不安というものは押し寄せてくるらしい。
「あなたを呼び戻したのは他でもありません。ノア殿下のことです」
「ノア殿下のこと、ですか?」
「ええ。心当たりは?」
「心当たりって言われても……」
もしかして、最近の無礼な態度のことを報告されたのだろうか。ノアは相当怒っていると思うのであり得ることだし、側近のレオナルドが報告した可能性もある。最近の態度について窘められるのかと思っていたけれど、ルシアナはテーブルの上にスッと一通の手紙がベルティアに差し出され、手紙が何通も入った箱を置いた。
「ノア殿下から、正式に婚約の申し出がありました」
「……え?」
「あなたが王立学園に入学してからずっと婚約を許可してほしいという手紙がきていましたが、今回は国王陛下の署名付きです。簡単に言うと、あなたと殿下の婚約が国王陛下に認められた、ということになりますね」
「ちょ、ちょっと待ってください! 何の話だかさっぱり……!」
ルシアナが差し出した手紙に齧り付くと、そこには確かにノアの筆跡と名前でベルティアとの婚約を進めたい旨が記載されていた。手紙の最後には『ノア・ムーングレイ』の署名と『アルヴァン・ムーングレイ』の署名。極め付けに、封蝋に使われている紋章はムーングレイ王家のものなので、この手紙が本物だと言える。
あまりにも衝撃的な展開にベルティアは手紙を持つ手が震え、どうしてこんなことになっているのかを考えた。
ダウンロードコンテンツである『ベルティア・レイクの幸福』のゲーム内では、ルシアナに呼び出された理由は本編の主人公が攻略対象者の一人と親密になり、婚約の話が浮上したからだ。何が言いたいかと言うと、ルシアナはその噂を聞き、ベルティアに『本来の役割』を教えるために実家に呼び出すのである。
それなのになぜ、今回呼び出された理由が『ノアからの婚約の申し出』によるものなのか分からなくて、ただただ混乱したベルティアはルシアナを見つめた。
「……いつか、こうなる日がくると思っていたわ。あなたと殿下が出会った時に引き離すべきだったのに、ことごとく運命に邪魔されてきた」
「おばあ様、それはどういう意味ですか? 俺、何もかもよく分からないんですが……!」
「ベルティア、落ち着いて聞いてちょうだい。……あなたは魔女の生まれ変わりで、彼女の強い魂と呪いを受け継いだ子なのよ」
今から何百年も昔、アウラ・レイクという魔女がこの地域に住んでいた。アウラはオメガながら類稀な強い魔力の持ち主で、その頃はベドガー家と肩を並べるグレネージュの二大魔術師家系と呼ばれていた過去がある。
オメガのアウラとアルファのシャロン・ベドガーは婚約をしていて、二人の魔女が結婚したら魔力に強い家系、ゆくゆくはアルべハーフェンにも劣らない国になるだろうと期待されていた。二人の魔女は同い年で仲もよく、順調にいけば18になる年に結婚する予定だったという。
ただ、その結婚は叶わなかった。
なぜなら、アウラ・レイクがルーファス・ムーングレイと恋に落ちてしまったから。
「アウラは17歳の時にルーファス・ムーングレイと出会って、18歳の時に子供を身籠った。でもルーファス殿下には婚約者がいて、アウラは妊娠の事実を告げると王子から捨てられた……そして、婚約者だったシャロンからも見捨てられたアウラは、ルーファス殿下への怒りからお腹の子供に呪いをかけた」
レイク家に伝わる魔女の書によると、ルーファスが本来の婚約者を選び捨てられたアウラは、自分の婚約者であるシャロンからも不貞を問われ婚約破棄をされたらしい。レイク家はアウラを勘当しようとしたが、娘の不祥事を隠すために家に閉じ込めたのだと記されている。
出産までの間、アウラは外にも出られず一人孤独に生活し、話し相手はお腹の子供だけだったと。アウラはいつしか自分自身も、そして周りも恨むようになり、強い呪いを未来にまでかけたという。
「レイク家の者と結ばれると破滅する、という呪いが私たちや特定の人にはかかっているの。そしてあなたはその呪いを強く引き継いだ、アウラの生まれ変わり……」
アウラがかけた呪いの対象はムーングレイ家、ベドガー家、ローズウッド家。レイク家に生まれる子供にかけた呪いは、ムーングレイ家とベドガー家の子供とは結ばれない性別で生まれるという呪い。ここで言う性別には、第二性も含まれる。
絶対に一緒になる未来はないのに呪いの対象者たちはレイク家の者に惹かれ、結ばれると破滅の道を歩む。レイク家の者はそれでも呪いの対象者と一緒になるか、結ばれない未来を選ぶか、究極の選択を迫れてきた。
ルシアナの話では、前世でこのゲームをプレイしたベルティアにも知らない話があった。呪いの対象である、ローズウッド家についてだ。
「どうしてローズウッド家も呪いの対象に? もしかして、ルーファス殿下の婚約者って……」
「あなたの言う通り、ルーファス殿下の婚約者はローズウッド家のアルファの令嬢だった。昔は今よりも保守的だったから、公爵家との婚約より爵位のない魔女を選ぶことができなかったんでしょうね」
ただ、問題はそれだけではなかった。ルーファス殿下とローズウッド公爵令嬢は結婚したが、二人の間には子供ができなかったという。何年も世継ぎが生まれないことからルーファス殿下はアウラを側室にし、アウラとの子供を世継ぎとして育てたいと言い出したのだ。
そんな話にはもちろんアウラは激怒して、ローズウッド公爵令嬢も怒り狂ったのだとか。ローズウッド公爵令嬢は結婚前、当時の二人の逢瀬や子供のことも調べさせて知っていたらしく、アウラのことを心の底から嫌悪していたらしい。
昔は特にオメガに対しての差別が酷かったと聞くので、アウラがオメガだったことも関係しているかもしれない。今でこそ魔術師家系は貴重だと言われ伯爵位を与えられたベドガー家だが、当時は魔女や魔術師は異端だという思想を持つ者も少なからずいたらしいので、ローズウッド家はそういう思想の持ち主だった可能性もある。
ゲームではレイク家とローズウッド家にそんな因縁があるという詳しい描写はなかったのでベルティアも初耳だったのだが、もしもそんな過去をオリヴィアが知っているとしたら、ベルティアへの好感度がマイナスなのも納得できた。
「レイク家が魔術師家系だと名乗りでないのは、ベドガー家によって王国の記述から削除されたから。そしてなにより、呪いを解く方法が見つからないのなら隠し通すしかなかったの」
「解く方法がない?」
「ええ。私もご先祖様も調べてきたけれど、見つからなかったわ」
そう言いながらルシアナは切なそうな顔を浮かべ、小さく笑う。今まで聞いたことはなかったけれど、もしかするとルシアナも『誰か』に恋をしたことがあったのかもしれない。そう思うとベルティアの胸がぎゅっと締め付けられた。