「そう、それでね、殿下とのことなんだけれど……」
ルシアナが話してくれたベルティアとレイク家の秘密だが、結局は呪いのことがあるからノアとのことは諦めてほしい、という話だろう。聞き慣れた言葉だと思っていたのだが、ルシアナは「もしかしたらノア殿下もあなたと同じかもしれないわ」と言うものだから、ベルティアは更に混乱した。
「え、どういうこと? 俺と同じって……殿下はルーファス殿下の生まれ変わりだっていう意味ですか?」
「ええ。あなたと殿下が泉で出会ったのを覚えてる?」
「はい。あの、森の中にある……いつもお祈りしていた泉ですよね」
「そうよ。あの泉はね、アウラがルーファス殿下と出会った場所で、彼女が亡くなるまで大切にしていた泉なのよ」
幼い頃のベルティアが毎日足を運んでいた、実家の近くにある綺麗な泉。森の中にぽつんと佇んでいて、小鳥のさえずりしか聞こえてこないような静かな場所だ。確かにベルティアとノアはその泉の前で出会い、ノアはベルティアに一目惚れをした。
「あの泉には、アウラの魔力が残っているの。あなたが生まれる前夜、あの泉が光を放ったあと血のように濁った。そして声が聞こえてきて、今度生まれてくる子は私の生まれ変わりだと言っていた……それで生まれたのがベルティア、あなたよ。私たちも信じられなかったけど……」
「俺がその魔女の生まれ変わりだとしても、ノア殿下がそうだとは限りません。そうですよね?」
「ええ。泉はあなたのことしか話さなかったから……でも、あの泉の前であなたたちが出会った時に嫌な予感がした。どうにかして引き離そうとしてもできなかったの。そして、この箱に入っている手紙は全て、ノア殿下から婚約を懇願してきたものよ。これだけ強くあなたのことを求めている殿下も、もしかしたら生まれ変わりなのかもしれないと思ったわ」
国王の署名がある手紙はここ最近送られてきたものらしいが、箱に詰まっている手紙は何年も前からノアがレイク家に送ってきたものらしい。中にはまだ拙い文字で婚約を懇願する手紙も含まれていて、ノアがいつからベルティアとの未来を望んでいたのか想像すると鼻の奥にツンッと痛みが走った。
「本来なら止めるべきだと分かっているわ」
「おばあ様……?」
「でもね、思ってしまったの。あなたとノア殿下なら、何か変えられるんじゃないかって……」
「変えられるって……呪いの解き方は分からないんでしょ? それなのに何かを変えるなんて、そんなことできるわけないじゃないですか……」
ベルティアの言葉にルシアナはまた切なそうな顔をして「そうね……」と呟いた。
「私はね、ノア殿下のお祖父様のお姉様と惹かれ合ったのよ」
「今の国王陛下の伯母にあたる方……ということですか?」
「そうよ。あなたが知らないのも無理ないわ、随分若い時に隣国へ嫁いで行かれたから」
「そうだったんですか……」
「私もあの方もベータだったから一緒になることは叶わなかった。私は呪いのことを知っていたし、早々に諦めたのだけれどね。でも、あなたとノア殿下は違うと思ったのよ」
ベルティアの頬にルシアナがそっと触れて、優しく撫でる。彼女は続けて「あなたはアルファだから殿下のことを諦めたと、手紙に書いてあったわ。でもノア殿下はそれでも一緒にいたいのですって」と教えてくれて、思わず視界が滲む。
今まで何度も彼に言った冷たい言葉をノアは受け止めて、それでも一緒にいたいとベルティアの家族に懇願していたなんて知ったら、胸が張り裂けそうなほど痛かった。なんせベルティアはノアのことを嫌いになったわけではない。好きだけれど、事情があるから離れないといけないのだ。
呪いのことや過去のことをルシアナから聞いた以上、やはりベルティアのやるべきことは一つだと覚悟する。きっとベルティアとノアが出会ったことすら呪いによって仕組まれていたとしても、その先の未来は変えられるはず。この国にベルティア・レイクとして生まれたからこそ、自分に与えられた役目を全うすると心に誓った。
「おばあ様……それでも俺は、この話を聞いた以上、ノア殿下と一緒になることはできません」
「ベルティア……」
「おばあ様だって、好きだから手を伸ばさなかったんですよね? 幸せで、笑顔でいてほしいから……俺も同じ気持ちです」
「あなたは本当にそれでもいいの? 後悔しない?」
「これまで何度も何度も殿下を拒否してきました。……後悔なんて気持ち、もう忘れてしまいましたよ」
ベルティアが自嘲するとルシアナが優しく抱きしめてくれて、久しぶりに感じる人のぬくもりや、この人だけは味方でいてくれるという安心感を噛み締める。なんだか久しぶりに人間に戻ったような、子供のように甘えられる瞬間だなと思えた。
「そういえば、レイク家とベドガー家はどうして今でも繋がりがあるんですか?」
「……あなたとジェイド、これから生まれる未来の子供たちには変えてほしいものだけれど…ベドガー家は魔女の呪いを知る唯一の家で、レイク家の監視者なの」
「監視者?」
「ええ。簡単に言えば……レイク家と呪いの対象者が結ばれ、呪いが発動する前に私たちを処理する役目ね」
「処理って……もしかして殺す、ってことですか……?」
「そうよ。この国で最後の魔術師家系、私たちの間ではグラネージュの番人と言われているわ」
「じゃあ、ジェイドは……」
ノアを抜けば、一番昔から知っている友人がジェイドだった。幼馴染で、兄弟がいないベルティアにとっては弟のように可愛いと思っていた彼が、本当はベルティアを処理するために側にいたなんて。思い返せばジェイドはいつもノアに近づきすぎるなと言っていた。優しい彼のことだから、きっとベルティアを手にかけたくなくて忠告してくれていたのかもしれない。
思っていたよりも自分の周りは『アウラの呪い』で固められていて、逃げ場がないと感じる。これから学園に戻り、本当に一人でエンディングまで辿り着けるのだろうかという不安が押し寄せてきた。
「いつかこの呪いに終わりがきたらいいわね……」
そう呟いたルシアナの切ない言葉に、ベルティアも同感だった。でもこの呪いの終わらせ方を知らないので、これからもきっと呪いは続くのだろう。ゲームではたまたまベルティアたちの物語が切り取られただけだが、この世界は生きている。生きている限り呪いも続くのだなと思うと、魔女の生まれ変わりであると言われているベルティアでさえ重いため息が出た。