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 結局久しぶりの実家ではゆっくり過ごすわけでもなく、自分の実家の秘密をゲームをプレイしている時よりも詳細に聞いたベルティアはただただ胸がざわついていた。


 また半日かけて王都に戻ったのだが、気分転換でもしようと街で馬車を降りたベルティアは人で賑わう街中をぼーっとしながら歩いていると誰かにぶつかり、持っていた荷物からバラバラと本が散らばった。


「すみません、大丈夫ですか? って……」

「えっ、ら、ライナス殿下?」

「ベルティア、奇遇だな。ぶつかって申し訳ない」

「いえ、俺のほうこそ……ぼーっとしていたので、すみませんでした」


 学園で会う時とは違い私服姿のライナスが目を丸くしながら本を拾ってくれたのだが、ベルティアはまさかこんなところで会うなんてと小さくため息が漏れた。たまたま会ったのがノアじゃなかったのを幸運だと思うべきか、ライナスの頭上に表示されている好感度の数値をちらりと見やる。


 《ライナス・ムーングレイ 好感度:40%》


 最後に会った時は確か47%だった。そこから会わないうちに7%下がっているのはいいことだが、先日ジェイドがライナスから小言を言われたと聞いたので今はあまり会いたくない人物だった。


 ライナスはそもそもベルティアにあまり興味がないけれど、ノアが荒れている原因なので何か嫌味を言われるかもしれない。今のベルティアはとてもじゃないがそんな嫌味を聞くような精神ではないのだ。


「あの、もし時間があればちょっと話したいことがあるんだけど……」

「……もちろんいいですよ」


 王族からの申し出を断ることはできないので了承すると、人通りの少ない路地裏に面しているカフェに連れ込まれた。これは見ようによっては密会しているように見えるのでは?と心配したけれど、ライナスの側近や騎士たちもいるので大事にはならないだろう。勘違いした暇な貴族令息や令嬢たちに見られていなければ、の話だが。


「ベルティア。その……最近大丈夫か?」

「え?」

「ここ最近、やたらと人が変わったように思っていたんだ。セナ殿に突っかかったり、そういう争いを好むような人じゃなかっただろ?」

「それはまぁ、そうなんですが……」

「他の貴族たちが、兄上をセナ殿に取られた腹いせに嫌がらせをしていると噂していた。……俺はそうは思っていないけど」


 意外だった。ノアとは違いライナスとはあまり話したことがなく、彼は同い年であるジェイドとのほうが仲がいい。てっきり嫌われているものだと思っていたけれど、ライナスはベルティアのことを気にかけてくれていたらしい。


「兄上が婚約に関しての手紙をベルティアの実家に送ったと聞いた。最近荒れていたことと関係があると思うけど……父上を無理やり説得したらしい。その件でベルティアのほうも参っているんじゃないかと思っていたんだ」

「……ノア殿下は陛下を無理に説得したんですね。陛下の署名がされた手紙をいただいたので、家族全員驚きました。それで、休暇を利用して実家に帰省していたんです」

「そうか。それで、返事は……」

「申し訳ないのですが、お断りすると思います。陛下に何と言って説得したのか分かりませんが、俺ではノア殿下の相手として相応しくないのは自覚していますから」


 祖母のルシアナからは本当に断ってもいいのか再三確認されたけれど、魔女の話を聞いた以上はそうするしかないだろう。ベルティアに残されている道は一つ、断罪されて国外追放されること。きっとグラネージュを出たら誰と恋に落ちても幸せになれる気がするのだ。


 そのために攻略対象者の好感度を下げる行動をしたりセナに嫌がらせをしているのだから、その努力が実らないと困る。ルシアナもそうだったがライナスまで切なそうな顔をするので、ベルティアの選択が間違っていると言っているのかと問いたくなった。


「俺は、ベルティアに恋をしている兄上しか知らないけどさ……あの人、相当しつこいじゃん」

「……ふっ、はは、そうですね」

「いつもベルティアは大変そうだなって眺めてるだけだったけど、セナ殿にも注意したほうがいい」

「セナ様に、ですか?」

「ああ。弟の俺から見ても兄上の愛情は狂気的なくらい重いと思っているけど、セナ殿もなかなか……」

「確認なんですが、俺に対してのセナ様のお話ですか?」

「そうだ。理由は分からないけどベルティアはセナ殿に冷たくしてるだろ?」

「それは、はい……あまり関わり合いたくなくて……」

「お前に冷たくあしらわれたあと、あの人笑ってたんだよ」

「え……?」

「まるで嬉しそうに……兄上も相当おかしいと思ってたけど、セナ殿もヤバい人だなと思ったんだ。それもあってベルティアのことが心配でさ」


 ライナスの話にベルティアは言葉を失った。セナに対してどんな嫌がらせをしても全く響いていなさそうなのは感じていたけれど、まさか嫌がらせをされて嬉しそうに笑っているのは知らなかった。


 思い返せば最初の出会いの時から彼の行動はゲームのシナリオから逸脱している。ベルティアを『先輩』と呼んで懐いたり、最初の食堂でのイベントも本来なら攻略対象者を誘うところなのにベルティアを誘いに来たり。


 最大の謎要素は、セナにもベルティアに対しての好感度表示があるということ。彼はこの世界の主人公なので、本来悪役に対しての好感度があるわけがない。しかも、好感度が最初から一番高かったのはセナだった。


 何かがおかしいと思っていても、その原因が何なのか、どうしたら解決できるのか全く分からない。ベルティアがいくら頑張って好感度を下げても、最終的にセナから断罪されなければエンディングには辿り着かないのではないだろうか?


「何か企んでる可能性もある。セナ殿はよくローズウッド公爵令嬢とお茶会をしているっても聞くし」

「……ローズウッド公爵令嬢とですか?」

「あの人嫌いで有名な公爵令嬢が、頻繁にセナ殿とは会っているらしい。正直、俺はあの令嬢も腹の中が分からなくて関わりたくないから……気をつけるに越したことはないと思う」

「分かりました。ご忠告ありがとうございます」

「あの二人を相手にするなら、兄上のほうがまだマシかもな。ベルティアを好きなのが分かっているだけ扱いやすい」

「……そんなことはありませんよ。ライナス殿下からも諦めるように言っていただけませんか」

「俺の言うことを聞くような兄上に見えるか?」


 ライナスの問いかけにベルティアは力無く首を振る。誰かの忠告を聞くようなら、ノアとベルティアの関係はとっくの昔に切れていただろう。それが切れていないのは良く言えばノアの一途な気持ちのせいであって、その気持ちがあと数ヶ月で本当にセナに傾くのは疑わしいとさえ思える。


 なんせセナに関しても分からないことだらけなので、ベルティアは本当に国外追放ルートを進んでいるのかさえ怪しくなってきた。


「貴重なお話をありがとうございます、ライナス殿下」

「いや……ただでさえベルティアのことを妬ましく思っている奴は多い。あまり敵を作りすぎないように気をつけろ」

「……はい。ご忠告痛み入ります」


 ――好きで敵を作っているわけじゃないけど。


 ベルティアはそう言いたかったけれど、ライナスが先に席を立ったのでその言葉は飲み込まれた。




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