「そういえば、パーシヴァル殿下とのことは本当なのか?」
ちょうどティーセットが運ばれてきたタイミングでライナスが質問を投げかける。ベルティアが「本当なのかと申しますと……?」と首を捻ると、ライナスはお茶を一口飲んで苦い顔をした。もちろん紅茶が苦かったわけではなく、分かっていないベルティアに対してそんな顔をしたのだ。
「あー…言い方は良くないけど、ベルティアが兄上から乗り換えた、みたいな話が」
「ライナス殿下は信じている、ということですね」
「違う違う、違うって! 兄上を散々振ってるベルティアが隣国の王太子とって、あり得ないと思ってる。大方、兄上を諦めさせるための恋人のフリとかだろ?」
「殿下とはまともに会話ができるので嬉しいです、本当に」
「はは……」
ベルティアも紅茶を一口こくりと嚥下する。果実とバニラの甘さが際立つフレーバーティーで、すっきりと飲みやすい紅茶だった。紅茶と一緒に出されたパウンドケーキもしっとりとした味わいで文句なしに美味しい。さすが王族御用達の店と言ったところだろうか。
「それで、その成果は出てるのか? 出てないように思えるけど」
「……婚約の書状が届いたんですから、成果は出ていないと言っていいかと」
「ははっ、そうだよな。兄上は本当にしつこいから」
「俺には何も魅力はないのに、どうしてこうも……いっそのこと俺が婚約でもしたら諦めがつきますかね」
「いやぁ、どうだろう。兄上は多分、相手を殺すかもな」
「……意外と想像できるのでやめてください」
前世のベルティアがゲームをプレイしているときはエンディングを見るまで、ノアや他の攻略対象者たちが闇落ちする片鱗は見えなかった。でも今の時点で思うのは、全員何かしらの事情があってベルティアに惹かれ、近づいているということに間違いはない。
今のところライナスだけはその片鱗を見せていないが、彼もどうせベルティアと結ばれたら狂うムーングレイ王家の一人。それにしてもノアの闇堕ち要素は実の弟から見ても溢れ出しているのだから、やはりこの世界は前世でプレイしていたゲームとは別物になりつつある。
「まぁ、どうしようもなくなったら俺が攫って、どこか遠くに一緒に逃げてやってもいいよ」
――もしもそうなったら、嫉妬に狂った兄に殺されるのはあんたなんだよ。
正直、兄弟で殺し合うところは見たくない。エンディングが分かっているのに攻略対象者と結ばれようとは思わないので「一人で逃げるのでご安心ください」とベルティアが言えば、ライナスは苦笑した。
「俺はベルティアにそう言われたら一発で身を引くのに、兄上は本当に執念深いな。初恋ってそんなに大事なものかね」
「人によっては、なんじゃないですか?」
「そんな純粋な兄上を振り続けているんだから、最後まで悪役を押し通してくれよ?」
「……え?」
ライナスの口から出てきた『悪役』という言葉にベルティアの心臓が大きく跳ねる。この世界であまり聞きなれない言葉なので、もしかしたらライナスもベルティアと同じように『転生者』なのかもしれないと瞬時に疑った。
「ベルティアは女じゃないけど、最近そういうロマンス小説が令嬢たちの間で流行ってるらしい。悪役令嬢ってやつ」
「あ、ああ、なるほど……」
ただ流行っているものを言っただけだったらしい。話の続きを聞いてホッとしたが、よく考えてみればベルティアだけが『転生者』とは限らないのだなと思える。どうして今までこの可能性を考えられなかったのか不思議だが、だからと言って誰が転生者なのかは見当もつかない。
なんせほとんど全員がゲームとは違う行動をしているので、考えれば考えるほど全員転生者だと言われても納得してしまうからだ。せっかく浮上した新たな可能性だけれど考えたところで分からないので、それについて頭を悩ませるよりは確実に国外追放をされるための自分の今後を考えたほうが賢明だろうとベルティアは考えた。
「引き留めてすまなかった。寮まで送ろうか?」
「いえ、そんな…大丈夫です。そんなに遠くないですし、元々ここから歩いて帰るつもりでしたので。気分転換にもなりますしお気になさらず」
「分かった。じゃあ、くれぐれも気をつけて」
「はい。ありがとうございます、ライナス殿下」
表通りで学園の生徒に見られたくないので、裏通でそのままベルティアとライナスは別れた。ベルティアはライナスとは反対の路地から通りに出て、本屋やパン屋に寄って買い物をしてから寮へと歩みを進めた。
「結局、ライナス殿下の好感度は変わらなかったな……」
オリヴィアを除いて最初から好感度が最も低かった人物だが、彼に関してはベルティアを嫌いになるというよりも恋愛対象として興味がない、といったほうが確実かもしれない。ライナスはノアのことを間近で見てきた人間なので、ベルティアと文通していた頃のノアも実際に見ているのだ。
兄の好きな人にちょっかいを出してみようと思うより、兄の色恋沙汰には関わらないようにしようと思ったのだろう。ただライナスの無関心を上回る兄とセナの奇行に、ベルティアに助言せざるを得なかったのかもしれない。
「そもそも、セナ様って……なに?」
ライナスの話では、ベルティアが悪役令息よろしく冷たい態度を取ったにもかかわらず、セナは嬉しそうに笑っていたのだと言っていた。セナの行動や言動は最初から変なところが多いので不思議には思っていたのだけれど、笑っていたとなれば話は別。これまでの嫌がらせが無意味なこともあり得る。
「でも、ノア殿下のルートに進んでそうなんだけどなぁ」
お披露目パーティーのパートナーは自動的に決められていたとしても、温室に咲く『ムーンブルーミア』を見に来たのはノアとだった。そしてなにより、セナがジェイドやライナスと接触しているところを目にしたことがないのだ。
なので自然とセナはノアのルートを進んでいると思っていたのだけれど、本来なら自分たちの邪魔をするベルティアのことが嫌になるはず。それなのになぜ、彼は嬉しそうに笑っていたのか――
考えても考えても出てこない問いに頭が痛くなり、ベルティアは寮に戻ってからすぐ気絶するかのように眠りについた。
ﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺﹺ
【第3章 好感度変化】
✧ノア・ムーングレイ✧
好感度:
93%→83%→80%→78%→65%→50%
✧ジェイド・ベドガー✧
好感度:64%→54%
✧セナ・フェルローネ✧
好感度:90%→87%→80%
✧ライナス・ムーングレイ✧
好感度:47%→40%
✧オリヴィア・ローズウッド✧
好感度:-5%