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「もしも許されるなら、卒業後は僕と一緒にアルべハーフェンへ……それが僕の願いなんだ、ベルティア」


 驚きの展開に戸惑っているベルティアに、パーシヴァルは更に衝撃の告白をした。卒業後にアルべハーフェンへ一緒に行ってほしいということは、すなわち結婚してほしいということだろうか?


 もちろんそれ以外の理由も考えられるけれど、パーシヴァルの目にはただの友人には向けない欲が含まれているのが分かった。なんせ長年、こんな瞳をノアから向けられてきたから。


「えっと、あの……っ」

「アルべハーフェンへ一緒に行くことに関しては、返事は急がなくて大丈夫。卒業してからも時間はあるから、追々と言うことで。ただ、このブローチは受け取ってくれると嬉しいんだけれど」


 正直な気持ちを言うと、好感度の数値に振り回されないパーシヴァルからの告白は嬉しい。アルべハーフェンはグラネージュと違って自由な国だというのも聞いているし、国外追放されたらアルべハーフェンに移住するのも一つの手だと思っていた。


 でもパーシヴァルとの関係が『友人』ではなく『恋人』になるとしたら、それはかなり迷う。なんせ彼は『聖なる瞳の幸福』の続編のメインキャラクターであり、セナのシナリオが終わったら自然と続編に話が移行するだろう。


 そうなった時、彼を好きでいたらベルティアはまた辛い目に遭う。


 彼には彼の相手がいて、その人と恋に落ちるのが自然なのだ。ノアのことを想っているけれど諦めないといけない今と同じで、ベルティアの心はまたすり減ることになる。そう思うと、パーシヴァルとの関係を変えるのはベルティアにとってもかなりリスクがあると思えた。


「……パートナーの件は、ありがとうございます。3年生は絶対参加なので、どうしようか悩んでいたんです」

「そうか、パートナーがまだ決まってなくてよかったよ」

「パーシヴァル殿下のお誘い、喜んでお受けいたします。よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」

「卒業後のお話はまだ待っていただけたら……すみません」

「もちろん、待つさ。僕のほうこそ急に話してすまない。卒業後も君の意思を聞くまで滞在するつもりだから、ゆっくり考えてもらえると嬉しい」

「はい、分かりました。ありがとうございます、殿下」


 ベルティアが返事をすると、パーシヴァルはどこかホッとしたように息を吐く。そして小箱からブローチを取り出し、ベルティアの制服の胸元に飾りつけた。


「……うん、君によく似合う」

「あ、ありがとうございます……すごく綺麗です」

「前回お披露目パーティーの時も思ったが、飾り甲斐がある」

「そんなことは……せっかくのブローチに申し訳ないです」

「いや、ブローチは君がつけるからこそ輝いてるよ」


 さすがは続編のメインキャラクター。ベルティアなら気恥ずかしくて言えないようなセリフをサラッと言うからかっこいいのだろう。ただそんなセリフを自分に言われるのが恥ずかしくてベルティアが俯くと、するりと頬を撫でられた。


「……当日、楽しみにしてる。できれば何回かダンスの練習相手になってもらっても?」


 美しい青い瞳からじぃっと見つめられ、ベルティアは反射的に頷いた。「よかった」と言いながらパーシヴァルは去っていき、ひどく熱くなっている撫でられた頬にベルティアはそっと触れる。どきどきと忙しなく脈打つ心臓を抑え込もうとしたが、平常心に戻る前に後ろから声をかけられた。


「ベル、いま少し時間をもらってもいいか?」


 声の主なんて、振り向かなくても誰なのか分かる。それほど彼の声を聞いてきたし、間違えるわけがない。今は正直お互いにとって最悪なタイミングなので会いたくなかったのだが、後ろからどんどん近づいてくる足音がする。


 ベルティアは咄嗟にブローチを外そうとしたがそれは叶わず、声の主からぽんっと肩を叩かれて振り向いた。


「……ノア殿下、お久しぶりです」

「ああ、そうだな」


 二人きりで話すのは温室での一件以来かもしれない。ベルティアは実家に帰ったりとバタバタしていたし、婚約の申し込みの件で話すのは気まずいと思ってベルティアのほうからノアを避けていたのもある。


 ただ、ノアの目を見てどきりとした。彼は今までと同じようにベルティアを優しくも真剣な眼差しで見つめていたが、その瞳の奥に宿っていた『欲』がなくなったように見えたのだ。


 《ノア・ムーングレイ 好感度:49%》


 彼の頭上に表示されている数値を見て納得した。彼はとうとう、これからはベルティアではなくセナを選ぶ決断をしたらしい。正確に好感度50%がそのラインなのかは分からないけれど、ノアの顔を見ると何となくそう思った。


「君に、これだけ渡したかったんだ」


 先ほどパーシヴァルがしたように、ノアは懐から黒いベルベッド調の小箱を取り出す。好感度が50%を切ったのにムーン・ナイトのパートナーの申し込みかと思い、またどきりと心臓が跳ねた。


「お前は絶対、頑なに受け取ってくれないだろうと思ったから……早めの卒業祝いだと思って、もらってくれないか?」


 ノアが小箱を開けると、中にはゴールドを基調にした満月をあしらったカフスボタンが二つ、きちんと鎮座していた。パーシヴァルからもらったブローチもそれはそれは素敵だが、小ぶりなのに本当の満月のような輝きを放っているカフスボタンはより異次元の美しさを感じた。


「安心してくれ」

「え……?」

「パートナーの申し込みではない。さっきも言ったが、早めの卒業祝いだと思って受け取ってほしい」

「殿下……」

「カフスボタンならあまり目立たないだろうから、ベルでもつけてくれるかと思ったんだ。もちろん揃いのものは用意していないから、人の目を気にせずつけてくれ」

「あ、ありがとうございます。すごく嬉しいです……」

「ふ、それならもっと嬉しそうな顔をしてくれると、俺も嬉しい」

「すみません……あまりにも突然だったので、言葉が出てこなくて……」

「そうか。嬉しいと思ってくれてるならいいさ」


 まさかムーン・ナイトに関係なくただ贈り物をされるとは思わなかったので、ベルティアは本当に驚いて言葉が出ないのだ。そんなベルティアの反応が予想外だったのか、それがノアにとって嬉しいものだったのか、彼は今までの記憶の中で一番と言えるほど優しい顔をして微笑んでいた。


「……殿下は、ムーン・ナイトのパートナーはお決めになられたんですか?」

「ああ……セナ殿に承諾を得た」


 どうやらノアはすでにセナとパートナーになっていたらしい。その事実を聞き、自分が選んだ結果だと分かっていても、ベルティアの心はズキンっと痛みが走った。


 ノアの選択にベルティアが傷つくのは筋違いだ。けれども、やはりノアがセナを選んだことに多少傷ついてしまう自分がいる。自分はパーシヴァルからの贈り物を身につけておきながらそんなことを思うのは虫が良すぎるし、ノアがやっとベルティアを諦める決心がついたことを喜ぶべきなのに。


「ベルは……パーシヴァル殿か?」

「は、はい……」

「二人は、よくお似合いだと思う。幸せにな」


 ――ライナス殿下。俺たちは二人とも、ノア殿下のことを何も分かっていなかったようです。


 ベルティアに婚約者ができたら諦めるのか?という問いに、二人とも『ノアなら相手を殺しそう』だと思っていたことを詫びなければならない。ベルティアにそういう相手が現れたら、彼は自分の気持ちに折り合いをつけ、送り出してくれるらしい。


 「……殿下とセナ様も、本当にお似合いだと思います」


 受け取ったカフスボタンの小箱をぎゅっと握りしめながら呟いた言葉が震えていたのを、ノアに悟られないようにと神様に祈った。




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