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 パーシヴァルからパートナーの申し込みをされ、ノアからカフスボタンをプレゼントしてもらってからしばらくして、ノアとセナがお揃いのイヤリングをしていると話題になった。二人の耳元にキラキラと輝いているイヤリングは華美なものではないのに人目を惹き、今年のムーン・ナイトの主役だと生徒たちの間で歓声が上がっている。


 セナは照れたように「僕のほうから申し込んだんですよ」と言っているが、丁寧な細工が施されたあのイヤリングはノアルートに進むとパートナーの申し込みイベントでノアからもらうものだ。なので、セナは自分からノアに申し込みをしたと言っているけれど、ベルティアにはそれが真実ではないことくらい分かった。


 ベルティアはと言えば、制服の胸元にパーシヴァルからもらったブローチをつけ、ノアからもらったカフスボタンは寮の机の上に置かれている。ベルティアとパーシヴァルがお揃いのブローチをつけていることを知った生徒たちはいつも通り「男爵令息には似合わないわね」などと陰口を言われている。これではどちらが悪役か分からないほどだ。


 ゲームのベルティアはパーシヴァルの存在は薄かったので、パートナーはその都度変わった。セナがどのルートを進んでも、ゲームの中のベルティアは攻略対象者からもらったセナのアクセサリーを盗んで困らせるというシナリオだったのを思い出した。


「ベルティア先輩、なんだかお久しぶりですね!」

「そうですね。……温室以来でしょうか」

「あっ、そうだ、あの時ですね……!」


 《セナ・フェルローネ 好感度:72%》


 セナの好感度は会わない間に70%まで落ちていたはずだが、ベルティアと会って2%増えた。先日、街で会った時にライナスから聞いた話がベルティアの頭を過ぎる。


 セナにはベルティアの嫌がらせがほとんど効かないこと、なぜセナにもベルティアに対しての好感度の表示があるのかということ。考えても分からないので思考を放棄していたけれど、久しぶりにセナと対峙すると彼の好感度表示が気になって仕方がない。


 あまりにもじっと見すぎていたからか「僕の頭になにかついていますか?」とセナが可愛らしく首を捻った。


「いえ、なんでもありません。イヤリングが素敵だなと思って」

「ありがとうございます! 本当にすごく素敵ですよね」

「……巷の噂ではセナ様がパートナーの申し込みをされたとか。ご自身で選ばれたのではないのですか?」


 素敵ですよね、と言うセナの言葉はもちろん『職人さんの技術のおかげで』など、なんとでも言い訳ができる。でもあえてベルティアが突っ込んでみると「ベルティア先輩には敵いませんね」とセナは笑った。


「実はノア殿下からいただいたんです」

「そうですか。お二人ともよくお似合いだと思います」

「……怒らないんですね? や、怒ってるからこそあえて放置?」

「え? 俺が、怒る……ですか?」

「はい。僕やパーシヴァル殿下って、ノア殿下とベルティア先輩の痴話喧嘩に巻き込まれてるだけですよね。二人ともよくやるなぁって思ってました」

「は……?」


 ――痴話喧嘩?痴話喧嘩イズ何?


 セナの言葉に開いた口が塞がらない。ベルティアは混乱する頭の中で『痴話喧嘩』の意味を検索する。ベルティアが知っている言葉通りの意味であれば、恋人同士の他愛のない喧嘩、という意味だろう。


「俺とノア殿下が痴話喧嘩!?」

「わっ、ベルティア先輩ってそんな大きな声出せるんですね。大発見です!」

「いや、いま声の大きさとかどうでもいい……じゃなくて! 俺と殿下の痴話喧嘩ってどういう意味ですか!?」

「そのままの意味です。ノア殿下とベルティア先輩って婚約はしてませんけど恋人同士ですよね? もしかしたら僕とノア殿下の婚約話で先輩が怒っちゃったのかなって……それにしては長い喧嘩ですけど」

「ちょ……っと待ってください……頭の理解が追いつかなくて……」


 百歩譲って、セナは貴族社会に飛び込んできたばかりなので、ベルティアとノアの関係を恋人同士だと思うのも無理はない――わけない。


「ど、どこをどう見たら俺とノア殿下が、こっ、恋人同士だなんて思うんですか!」

「え、違うんですか? もしかしてノア殿下の片想い? 二人ってまだデキてない??」

「やめてください、そんな……っ! セナ様のお考えを人に言いふらしたりするのもやめてください、絶対に! 俺と殿下はそんな関係ではありません!」

「そっか、よかったぁ。ムーン・ナイトの申し込みの話も、ノア殿下からって言うと先輩が怒るかと思って僕から申し込んだって周りには言ってたんですよ」


 ベルティアが早口で捲し立てると、セナは安心したと言いながら眉を下げて笑う。文字通り彼は胸を撫で下ろしたようで、その顔は恋をしている人のそれだった。


「ベルティア先輩とノア殿下がお付き合いしていないなら、僕も遠慮せずに済みますね」

「誤解をさせていたなら、申し訳ありません。決してノア殿下とはそういう関係ではありませんので、俺に気を使わず……殿下とのこと、応援しています」

「あ、なるほど。そっちの意味で取っちゃいますか」

「そっちの意味?」


 ベルティアが首を捻ると、セナはふふっと微笑む。細くて白い彼の手がするりとベルティアの腕を取り、驚いた時には手首にひんやりとした金具の感触を覚えた。


「え、な、なに……?」


 ベルティアの左手首に輝いていたのは、ピンクゴールドのブレスレット。星や三日月をモチーフにした飾りがいくつかついていて、その中でも少し大きく形どられた三日月にはベルティアの瞳と同じ色をした淡い青色の宝石が存在感を放っている。


 ゲームの本編にも出てこなかったアイテム。セナのハニーピンクの髪の毛を思わせるピンクゴールドのブレスレットは、まるでムーン・ナイトの申し込みをされているようだった。でもセナは申し込みをする側ではなく、申し込まれる側だ。なので、彼が自分で誰かとお揃いのアクセサリーを作っているなんておかしな話で。


「僕、ベルティア先輩に申し込もうと思ってたんです。だけど、ノア殿下が先に僕へパートナーの申し込みを……さすがに王太子様からのお話は断れなくて」

「あの、え……?」

「とってもお似合いです、ベルティア先輩。先輩のために作ってよかった」

「待ってください、セナ様! 意味がよく分からな……!」

「そのブレスレットを外したら、僕死にますから」

「ッ!?」

「本気ですよ。僕もつけておきますね」


 セナはブレスレットをもう一つ取り出し、自分の細い腕につける。どうやら本当にお揃いで用意したらしく、ベルティアに渡したものと同じブレスレットが彼の腕に輝いていた。本能的にセナへ恐怖を抱いたベルティアは後ずさったが、残念ながら後ろの壁に阻まれた。そしてあろうことかセナは壁に手をつき、壁と自分との間にベルティアを閉じ込めてニコッと愛らしい笑みを浮かべた。


「別に、パートナーって一人じゃなくてもいいですよね。当日楽しみにしてます」

「待ってください、セナ様……っ」


 混乱しているベルティアは顎を指先一つでくいっと持ち上げられ、拒否するよりも前にセナの柔らかい唇が重なった。何度か啄むようなキスをして、ちゅっとリップ音を立てながら唇の端にキスをしたセナが離れると、彼が『男の顔』をしていてベルティアは背筋が粟立った。




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