翌日、頭の痛さと体のだるさで目が覚めた。
「なんか……頭も体も重い……」
まさかムーン・ナイトのダンスパーティーで2回踊っただけで筋肉痛にでもなったのだろうか。普段ほとんど椅子にばかり座っているから筋力が落ちたのかもしれない。
「ていうか、ここどこ……」
ぼーっとしながら起き上がり、ベルティアは見知らぬ部屋をぐるりと見回す。全く見覚えがない豪華な部屋に違和感を覚えていると、部屋の一角に座っている人物を見て広いベッドの上を後ずさった。
「のっノア殿下!?」
ベッドから一番離れている部屋の隅っこ。固い椅子に座って片膝を抱え、薄いブランケットを羽織ったまま眠っているノアがいた。ドッドッドっと心臓が大きく脈打つが、ベルティアは昨夜のことを思い出して顔から火を噴き出しそうになった。
「な、なんでおれ、あんなことに……!」
セナとダンス中に突然体中が熱くなり、頭はぼーっとしてどうしようもなかった。駆けつけてくれたノアに嬉しくなって、彼に助けを求めたのも覚えている。そして、このベッドの上で何を言ったのかも。
「……何時間、そうしていたんですか……」
シーツを体に巻きつけたベルティアはベッドを降り、膝を抱えて寝落ちているノアの側に静かに歩み寄る。床にはムーン・ナイトで着用していた服が散らばっていて、眠っているノアは白いシャツだけを着ていた。
そして、腕まくりしている彼の太い腕にはいくつもの引っ掻き傷。何かが侵入してきたのかと思ったが、彼の爪の間に血が固まっているのを見てベルティアの胸はぎゅっと締め付けられた。きっと、痛みでベルティアを襲うのを耐えていたのだろう。そう思うとまたじわりと目に涙が浮かんだ。
「……どうした、どこか痛いところが……?」
「っ!」
「体がおかしいだろう……? まだ眠っていたほうがいい」
「だ、大丈夫です。殿下のおかげでたくさん眠れましたから……」
「それにしてはまだ目が潤んでいるし、顔が赤い。無理をするな」
ノアがそっとベルティアの腕に触れ、ふっと小さく微笑む。そんな彼の顔にベルティアは身勝手だがひどく安心して、まだ笑いかけてくれるノアのことをやはり好きだと思っている自分に呆れ果てた。
「俺の所見でしかないが……昨夜のベルティアは、オメガのヒートで倒れたように見えた。今も……フェロモンが溢れているのが分かっているか?」
「……自分では分かりませんが、体のだるさとか…アルファを欲している自分がいるのは、分かります」
正直、二人ともギリギリの理性で保っているだけで、プツンっと糸が切れれば今すぐベッドに行って三日三晩お互いを求め合うのだろう。ただベルティアは、自分の腕に傷を作ってまで一晩耐えてくれたノアの気持ちを無下にできないので、必死に欲を抑えた。
《ノア・ムーングレイ 好感度:75%》
昨夜の記憶では、ムーン・ナイトの会場で会った彼の好感度は49%だったはず。たった一晩で75%になっている好感度を見ても、ベルティアは特別驚かなかった。
ずっと『アルファだから』と言って逃げていたベルティアが、確実ではないけれどオメガのヒートで倒れたのだ。しかもノアがベルティアを諦めようとしたタイミングでそれが発覚したものだから、彼のためにビッチングしたと思い好感度が上がるのも無理はない。
実際ベルティア自身が何をしたというわけではないしビッチングの条件もちゃんと分かっていないけれど、ノアとの関係に思うところがあったからそうなったのだろう。ゲームにはこんな展開なかったが最初から破綻しているものなので、ゲームのシナリオ通りに進めるほうが難しいくらいだ。
「お前がビッチングしてオメガになったのは俺のためかと、自惚れている馬鹿な自分がいる」
「……」
「もちろん違っても怒らない。ベルの気持ちを俺が決められないからな。でも昨夜俺を引き止めたベルも、愛していると言った俺の言葉も、全て嘘ではないだろう?」
「でも、ダメなんです。俺が相手では、殿下は幸せになれません」
「――バース性は関係なく、“オメガの魔女の呪い”があるからか?」
ノアの口から出ることはない言葉が飛び出し、ベルティアは思わずびくっと体を震わせた。あまりにも突然のことにベルティアの瞳には動揺が浮かび、背中にはたらりと冷や汗が伝う。
あからさますぎるベルティアの反応にノアは小さく微笑み、傷だらけの腕を上げてベルティアの細い手を取った。
「黙っていてすまなかった」
「な、なんで、知って……っ」
「オメガの魔女を愛した王子の日記を見つけたんだ。王立学園に入学する前だったな」
「知っていたのに、どうして! どうして俺を突き放してくださらなかったんですか! 俺がどんな気持ちで、あなたのことを拒否していたと……っ!」
「お前のことを愛しているからだ、ベルティア。この気持ちを“呪い”のせいだとは思いたくなかった」
ノアの大きな手に頬を包み込まれ、満月を思わせる金色の瞳がじっとベルティアを見つめた。彼の瞳、言葉、態度――そのどれを取っても、今までノアがベルティアに嘘をついていたとは到底思えない。
ムーングレイ王家の人間がレイク家の人間に惹かれてしまうのはアウラの呪いのせいだと祖母は言っていたけれど、ノアがベルティアを愛する気持ちは『自分の気持ち』だと信じていると言う。アウラの相手だったルーファス・ムーングレイの日記に何が記されているのかは知らないけれど、呪いのことを知ってもなお、ノアはベルティアを選び続けてきたのだ。
今までベルティアだけが苦しくて辛い気持ちを抱いていると思っていたが、ベルティアが呪いのことを知るより前からノアは一人でこの事実に苦しんでいた。そんなにも真っ直ぐベルティアのことを想ってくれていたノアを知り、ベルティアの瞳から自然と涙が零れ落ちた。
「ベル、俺と結婚してくれ……全てを捨ててでも、お前が隣にいる未来を選びたい」
ベルティアが初めて拒否しなかった口付けは、しょっぱい涙の味がした。
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【第4章 好感度変化】
✧ノア・ムーングレイ✧
好感度:
93%→83%→80%→78%→65%→50%→49%→70%→75%
✧ジェイド・ベドガー✧
好感度:64%→54%→44%
✧セナ・フェルローネ✧
好感度:90%→87%→80%→70%→72%
✧ライナス・ムーングレイ✧
好感度:47%→40%→30%
✧オリヴィア・ローズウッド✧
好感度:-5%