――今まで散々拒否してきたくせに、人間というのは欲に逆らえない、本当に情けない生き物だ。
「あッ、やあ゛……っ!」
「ん……ベル、腰が逃げてるぞ。上手に熱を逃さないと、苦しいだけだ」
「ひっく、う……殿下のばか、いじわる、恥ずかしいからいやだって、何回も言ってるのに……!」
「……逆効果だ、それは」
「ひぁー……ッ」
ぐちゅぐちゅ、卑猥な水音が静かな部屋に響き渡る。血管の浮き出る太い腕の中に抱かれ、肌触りのいい柔らかい服はいつの間にか脱げてピンっと主張するピンク色の突起が唾液で光っていた。強すぎる快感の波に堪えられず足を閉じて膝をこすり合わせると、ぐいっと広げられてベルティアはさらに顔に熱が集中した。
「俺のための体になったんだと、ちゃんと見ておきなさい」
「や、やです、やだ……っ! でんかのためじゃない、もん……」
「そうか。でも、すごいな、ベル……蜜が溢れてくる。本当に女性のようになるんだな」
「じょせい、って……誰と比べてるんですか……」
「ふ……本の知識だ。むくれてくれるな」
体の中に太い指が二本入って、何度も出し入れされるたびに水音が響く。唇が溶けそうなほど甘い口付けを何度も繰り返されながら、どうしてこんなことをしているんだっけ、とベルティアはドロドロにとろけきっている頭の中で考えた。
オメガに転換しているのは自分でも気が付いていなくて、ムーン・ナイトの会場でヒートになってからノアの部屋に運ばれ、今に至る。初日はベルティアに手を出すのを我慢していたノアだけれど、アルファの庇護欲が働いてベルティアが部屋から出ることを拒み、二人ともいつの間にか欲に忠実な獣に成り下がっていた。
散々ノアのことを拒否していたくせに、ベルティアの体は正直だった。彼に触れられるのがこんなにも幸福で嬉しいのかと止まらない涙を流し、シーツを掴みながら考えたものだ。でも正気になった時の言い訳が必要なので、これはオメガのヒートに流されただけだと、頭の中で懸命に意地を張っていた。
「……考え事か」
「ふぁ……?」
「既成事実を作れば手っ取り早いと思うんだが、お前はどう思う?」
「きせ、じじつ……?」
「お前が孕んだら、諦めて俺と一緒にいてくれないか」
欲に忠実な獣に成り下がったが、ノアはギリギリの理性を保ってベルティアへの挿入を我慢していた。その代わり自身のものとベルティアのものを擦り合わせるだけで何とか一線を超えないようにしていたけれど、日に日に欲は増すばかり。
満月のような瞳をギラつかせ、ベルティアの細い体に指が這う。胸元から下りてきたノアの手が薄い腹を撫で「なぁ、そうしたら諦めてくれるか……」と切なそうに耳元で囁く。重厚なノアの囁き声に体がぶるりと震え、思わず頷きそうになった。
「子供を、あなたといるための理由には、したくないです……」
子供がいなくても一緒にいられる理由を探したいのだと、そういう意味で言えばノアは面食らったような顔をしていた。
「俺たちが一緒にいられる理由を、二人で考えようか」
ベルティアの目尻から流れる涙をノアは唇で掬い、乱れた髪の毛を梳きながらベルティアの熱い体はぎゅうっと抱きしめられる。ノアの逞しい体に顔を埋めながら思い出したのは、祖母のルシアナが言っていた言葉。
ベルティアはオメガの魔女・アウラの生まれ変わりなのだとルシアナは言い、もしかしたらノアもルーファスの生まれ変わりなのではないかと言っていた。
二人が強く惹かれ合うのは魂が同じだからかもしれないという話は半信半疑だったけれど、ノアと触れ合ってみて初めて、パズルのピースがぴったりとはまったような感覚がした。きっとアウラとルーファスもこんなふうに愛し合っていたのだろうと思うが、二人の運命は結局分たれた。
ベルティアとノアの生きる道も結局分たれるのかと思うと胸が締め付けられたが、彼の体温を一生覚えて生きていくのだろうとベルティアは確信した。
「どうしてルーファス王子とアウラと別れたのか、レイク家にはどう伝わっているんだ?」
お互いに精を吐き出して熱が冷めたあと、ベルティアの額に口付けながらノアが聞いた。
「アウラが妊娠を告げると王子から捨てられたと、おばあ様からは聞きました」
「そうか……見つけた王子の日記には、アウラの妊娠をきっかけにアリシア・ローズウッド公爵令嬢との婚約を破棄しようとしたらしい」
「え!?」
「ただ、最悪なことにアリシア嬢は聖なる瞳の力を開花させた。今より閉鎖的で魔術師は異端だと言われていた時代で、王子にはアウラとの未来が選択できなかったと記されていた。日記の内容はその後、アウラに対しての謝罪や後悔、それに愛がずっと綴られていたよ」
「でも、どうして呪いの話をご存知なんですか?」
「王子がアリシア嬢との間に子供ができず、アウラとの子を後継者にしようとした話は?」
「聞いています」
「その時に、アウラから殺されかけたらしい。彼女はひどく発狂して、王子の首を絞めながら呪いの話をしたのだと……それでも王子は、生涯アウラを愛したまま永遠の眠りについたらしい。ただ、俺は思うんだ。呪いは解けるものだと」
きっと、どちらの話も真実なのだろう。ルーファス王子の日記は今まで伝わってこなかったのかもしれないが、ノアがその運命を変えようとしているのだ。ベルティアは呪いなら仕方がないと心のどこかで思っていたが、ノアは違う。本気でベルティアとの未来を考えてくれていて、またじわりと視界がぼやけた。
「お前は一人でなんとかしようと、俺やジェイドたちを遠ざけてくれていたようだが……もう駄目だ。お前がパーシヴァル殿と下手な恋人ごっこをしているのは見たくない……わざとだと分かっていても、温室でのあれは堪えた」
そう言いながらノアはベルティアの細い顎を掬い、もう何度目か分からない口付けをした。
「……俺の演技、下手でしたか」
「ふはっ。ベルが誰を好きかなんて、顔を見れば分かる」
「じ、自意識過剰です!」
「俺は別に、お前の好きな相手が俺だとは言っていないが?」
「〜〜ッ! いじわるしないでくださいっ」
「今まで散々意地悪をされたからな。少しは受け入れてくれ」
ノアはくすくす笑いながらベルティアを抱きしめて、彼の腕の中の心地よさを実感した。そしてもうこの腕を離せる気がしないなと、ベルティアは観念して目を閉じた。