ベルティアは結局、王宮お抱えの医師から内密にバース診断を受け、アルファからオメガに転換していることが正式に分かった。グラネージュではビッチングはあまり例がなく何が原因で転換したのか定かではないが、ベルティアの中ではノアに負けない執着心が呪いを超えたのだろうなと思っている。
そしてオメガに転換して初めてのヒートが落ち着き、ムーン・ナイトからしばらくしてやっとノアから外出許可が出たベルティアは、学園内のサロンでセナと対峙していた。
「……
《セナ・フェルローネ 好感度:30%》
ノアの好感度が急激に増したかと思えば、セナの好感度は激減していた。彼は今までのような天真爛漫な態度ではなく、光り輝いていた瞳には空虚だけが映っているように見える。セナのあまりの変わりように恐怖すら抱いたが、彼とは話さなければならなかったのだ。
「セナ様、先日のムーン・ナイトではご迷惑をおかけしました」
「迷惑というより、悲しいっていう感情のほうが大きくて困りました」
「……」
「まさかベルティア先輩がオメガになるなんて誤算でした。はぁ……ほんとに……」
セナは額に手を当て、難しい顔をしてため息をつく。なんとなく『そうかも?』と思っていた疑いが確信に変わった気がした。
「もしも違ったら戯言だと思って聞き流してほしいんですが……セナ様って、
ベルティアが真っ直ぐ見つめると、空虚を映していた金色の瞳がギラリと光る。セナはハニーピンクの髪の毛をがしがしと掻き回し、ごくんっと音を立てて紅茶を飲み干した。
「マナーがなってないって怒らないんですか?」
「もうその必要はないかと、俺は思います」
「必要ですよ。つい半年前までただの平民で、マナーの欠片もないんですから」
「そういう意味ではなく、俺がセナ様に嫌がらせをする意味がない、ということです」
「……ノア殿下や他の攻略対象者とじゃ、幸せになれないのに」
セナからは確実な答えがなかったが『攻略対象者』という言葉が出てきたので、彼もベルティアと同じように転生者なのは確実だった。
「ノア殿下やジェイド、ライナス殿下たちは……セナ様のために存在する人たちです。確かに、俺と結ばれても幸せにはなりません」
「僕が言っているのはそっちじゃなくて、ベルティア先輩のほうです」
「え?」
「一人でなんて、生きていかせたくなかった。攻略対象者とじゃなく、
「……通りで、セナ様にも好感度の表示があるわけです」
「やっぱりそうなんですね。ベルティア先輩は時々、頭上に視線がいくのでもしかしたらと思ってました。それに、嫌がらせの仕方も下手だったし」
「へ、下手……」
「ふふ、仕方ないですね。ベルティアは本当の悪役なんかじゃないんですから」
不自然すぎるベルティアの態度に戸惑っていたのはジェイドやライナスなど事情を知らない人たちだが、セナはそんなベルティアの様子があまりにも可愛らしくて嫌がらせどころではなかったのだと話した。
「僕はとにかく、ベルティア先輩と一番好感度が高そうな……正確に言えば、執着心が強そうなノア殿下と引き離そうとしてました」
「だからイベントを殿下と一緒に?」
「そうです。僕がある程度の権力を手に入れれば、ベルティア先輩は国外追放にならなくても生きていける術を与えられると思ったから。でも、ノア殿下の気持ちはぴくりとも動かないんですもん」
「セナ様……」
「ムーン・ナイトの時に言った言葉は本心です。できればあなたと結婚したかった。それが僕の……俺の、前世からの願いだったんです」
前世のセナはベルティアと同じく『聖なる瞳の幸福』のプレイヤーだったらしい。ただ、ダウンロードコンテンツである『ベルティア・レイクの幸福』のほうにどっぷりハマったしまったのだとか。
ゲームの裏舞台、ベルティアがどういう人間なのかを知ったセナは誰とも結ばれないベルティアをどうにか幸せにしようとしたプレイヤーの一人で、とにかく色んな方法をくまなく探したのだと言う。
「双子の弟がいたので、一緒にやってたんですよ。俺が解放してないスチル解放してくれたり……それはもう、色んなことをしました」
「そうだったんですか……」
「ちなみに、そいつもこの世界に転生してます。俺たち、一緒に死んじゃったので」
「え!?」
「ベルティア先輩も会ったことあるはずです。……オリヴィア・ローズウッド。あいつの中身、俺の双子の弟です」
「ローズウッド嬢がですか!?」
随分前にセナのお披露目パーティーで会ったっきりのオリヴィアを思い出す。あの時の彼女はセナに対しての過保護な発言が目立ったなと思っていたけれど、まさか中身が前世のセナの弟だとは想像もしていなかった。
「あいつの好感度の数値、いくつでしたか? 俺には自分宛の好感度しか見えなかったので……」
「えっと、確かマイナス5%…衝撃的でした……」
「マイナスだったんですね、よかった……俺たち、というかオリヴィアは、あなたへの感情を無にするのに大分苦しんだんですよ」
「もしかして、俺を助けるために……?」
「それもありますけど……“隠しルート”の条件だったから」
「隠しルート?」
「あなたが、たった一人だけと本当に幸せになれる道です」
「え……?」
セナの発言にベルティアは耳を疑った。ベルティアが誰かと結ばれ、幸せになれる
「ベルティア先輩は前世でどれくらいプレイしましたか?」
「俺は……ノア殿下のルートをひたすらっていう感じでした。それこそ、隠しルートか何かないかなと思って……」
「なるほど。じゃあ全員の闇堕ちエンディングも見てないんですね」
「そうですね。ネットで情報を見たくらいで」
「ベルティアを幸せにするための隠しルートに進む条件って、鬼畜だったんですよ」
「鬼畜?」
「はい。本来なら悪役ですから、簡単には見せてもらえないんでしょうね。隠しルートへの条件は“聖なる瞳の幸福”の全キャラクターのエンディングを見ていること、全スチルを解放していること、“ベルティア・レイクの幸福”の全キャラクターの闇堕ちエンディングを見ていること、全キャラクターの好感度をマイナスにしてエンディングを迎えること……ハードモードよりハードでした」
やはり『ベルティア・レイクの幸福』には隠しルートがあったようだが、そのルートを見る条件がかなり厳しいのは想定外だった。ただ、セナの言うようにベルティアは本編では悪役であり呪いの存在もあるので、そう簡単にハッピーエンドにはなれないのだろう。
セナの話が本当なら、全キャラクターの闇堕ちエンディングを見たり、好感度をマイナスにしてエンディングを同時に迎えるのは不可能である。つまり、この世界でベルティアが誰かと結ばれる『隠しルート』には進めないということだ。
「……ベルティア先輩が望むなら、隠しルートのことを教えます」
「え……」
「その代わり、僕の願いを叶えてほしいんです」
セナはベルティアの手をぎゅっと握り締め「お願いします」と言って頭を下げた。
「俺にできることなら、セナ様の願いを叶えられるように努力します」
そう言うとセナは安心したように笑う。屈託ない彼の笑顔は、出会って初めて見る『セナ・フェルローネ』の笑顔だとベルティアは感じた。