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 とうとう卒業まであと二日となり、学園内はムーン・ナイトの時と同じように慌ただしく、全生徒がそわそわしている。そんな中、ノアとベルティアは学園を休み、半日かけてベルティアの実家へと足を運んでいた。


「お、王太子殿下……!?」

「どどどうして王太子殿下が!?」

「ベルティア、どういうことなの!」


 帰省するという手紙を送る暇もなく急いで移動してきたものだから、ベルティアの両親や祖母はノアの突然の訪問に卒倒寸前だった。王宮の馬車だとは分からないもので、従者もレオナルドと他数名しか連れてきていないけれど、小さい村なのですぐに噂は広まるだろう。


「レイク家の“呪い”について、殿下と一緒に終わらせに来ました」

「え……?」

「ベルティアを思い悩ませる前に、話し合うべきだったと反省しています。実は、俺の手元にはルーファス王子の日記があり……オメガの魔女の存在を知っていました」

「な、なんてこと……!」


 ノアが懐から古びた日記帳を取り出すと、レイク家の屋敷の中に『第三者』の重い空気が流れた気がした。ノアのアルファとしての威圧感とは全く違う、上から圧し潰されそうな圧迫感に呼吸が苦しくなる。それはベルティアだけではなく、この場にいる全員がそれを感じているようだった。


「ルーファス王子の日記には、アウラへの謝罪や後悔、そして愛が綴られています。どうやら彼は生涯、アウラだけを愛して永遠の眠りについたようです」

「アウラから妊娠を告げられたあと、本当はローズウッド公爵令嬢とは婚約を破棄しようとしていたらしいんです」

「ただ、ローズウッド公爵令嬢が聖なる瞳の力を開花させ、その頃の王家は保守派だったこともありアウラとの未来は断念したと」

「……今でもそうだけれど、片方の話だけを聞いたらいけませんね」

「人は口があるのだから、きちんと話し合うべきだと思いました。……俺が言えることでもありませんが」


 ベルティアが気まずそうにノアをチラリと見やると、彼は優しく微笑み「これからはそうしていけばいいんだ」と言ってベルティアの肩を抱く。そんな二人の様子を見たルシアナは泣きそうな顔をして、でもどこか嬉しそうにしていた。


「それで、聖なる瞳のセナ様のお力を貸していただきました」

「どういうこと?」

「……未来を見てもらったんです。それで呪いの解き方を知りました」

「本当にその方法は合っているの?」

「そのはずです。ルーファス殿下と、アウラの日記があれば……おばあ様、アウラの日記をいただきたいんです」


 ルシアナはひとつ頷いて、彼女の部屋から古びた小箱を持ってきた。


「不用意に開かないよう、魔法がかけられているの」


 ルシアナが小箱に手をかざすと、パァッと白い光が出て小箱の蓋が開く。頭では分かっていたけれど実際に家族が魔法を使うところを初めて見たので、魔力があったのかとベルティアは純粋に驚いた。


「ベドガー家がグラネージュ最後の魔術師家系だというのは、撤回せねばな」

「でも、俺は使えるか分かりませんから……」

「覚えていないだろうけれど、あなたは赤ちゃんの頃大変だったのよ」

「え?」

「赤ちゃんの頃は魔力の制御ができなくて苦労したわ」


 ベルティアの父、エリファス・レイクはルシアナの息子だ。ベルティアの母、クラリスは家系図的にはレイク家の遠い親族なので呪いのことも知っていたらしい。レイク家は呪いのこともあるので人との関わりを避けるようになり、基本的には親族内での結婚をしてきたと言う。


 ベルティアはそんなエリファスとクラリスの間に生まれた一人息子で、ルシアナの話が事実であればアウラの生まれ変わり。なので、本当は強い魔力を持つ子供だったのかもしれない。


「あなたはアウラの生まれ変わりだと言われたから……私の魔法であなたの魔力を抑えていたのよ。でも、それもこれからは必要になっていくかもしれないわ」


 ルシアナが今度はベルティアに向かって手をかざすと、体が赤い光に包まれる。体の中から何かが作り変わるような、血液が激っているように熱い感覚を覚えた。


 そんなベルティアに引き寄せられるように小箱の中から古い日記帳が飛んできて、ベルティアの前で止まったそれがパラパラと勝手にページが捲れていく。日記のページが捲られるたびに『アウラ・レイク』の記憶が頭の中に流れ込んできて、前世のベルティアの記憶とオメガの魔女としての記憶、そしてベルティア・レイクとしての記憶が小さい頭の中で混ざり合う。


 一度に大量の情報を頭の中に押し込んだベルティアがふらつくと、隣にいたノアがしっかりと抱き留めた。


「大丈夫か、ベル……!」

「だ、だいじょうぶ、です……アウラの日記の記憶が流れ込んできて……」

「私が生きている間に見たレイク家の誰も、日記と共鳴することはなかったわ。やっぱりあなたは特別なのよ、ベルティア……それにルーファス殿下の日記を手にしたノア殿下も…二人なら本当に呪いを消すことができるはず」


 ふらついたベルティアを椅子に座らせたノアはルシアナたちに向き直り、片膝をつき心臓に手を当てて頭を下げた。


「この呪いが消えた暁には、ベルティア・レイク殿にもう一度求婚する許可をいただきたく思います」

「で、殿下……!」

「そんな、顔を上げてください!」

「私は今、王太子のノア・ムーングレイとしてではなく……大切なご子息に結婚を申し込みたいと懇願する、ただの男です。ベルティアが私のせいで苦しみ、アルファ性からオメガ性に変わってしまうほど思い悩み……それと同時に私のことを想ってくれている彼と、これからの未来を一緒に歩みたいのです」


 お願いします、と切実に呟くノアの姿を見てベルティアの瞳には涙が浮かぶ。きっと両親たちはベルティアがビッチングしたという報せを聞いた時には、こうなることを覚悟していただろう。


 ルシアナがアウラのことを話してくれた時も、ベルティアとノアには結ばれてほしい、という空気を感じていた。そして何より、ベルティアではなく家族のほうがノアが本気で結婚したいと思っている気持ちを知っているのだ。


「……前に、国王陛下の署名付きで婚約の申し込みをいただいたことがありましたね」

「はい。お断りされたのは、分かっています」

「ベルティアの要望でしたのでノア殿下宛てにはお断りの手紙をお送りいたしました」

「……というと?」

「国王陛下には、まだ若い二人がしっかり決断できるようお待ちくださいと、保留のお願いをしております」

「おばあ様……!」

「うちには爵位がありませんので、本来ならノア殿下と婚姻を結ぶ身分はないのです。殿下が国王陛下をどう説得なさったのかは分かりませんが、ベルティアと一緒になる道は決して楽な道ではないとお分かりでしょう。それでも、うちの孫を選びたいとおっしゃいますか?」


 ルシアナの問いかけにノアは顔を上げ、椅子に座るベルティアのことをじっと見つめる。道に迷った旅人を優しく導くような暖かい満月のような瞳がゆっくり瞬くと、彼の瞳にはベルティアのことしか映っていないのが分かった。


「呪いや生まれ変わりという意味ではなく、私には生まれた時からベルティアしかいなかったんです」


 他の誰でもない、ベルティア・レイクを愛しています。


 普通なら歯の浮くようなセリフなのにサラッと言うから、かっこいいのだろう。今はただノアからもらう言葉ならどんなものでも嬉しくて泣いてしまうベルティアは、ガタンっと椅子を倒して立ち上がって彼に抱きついた。


「俺も、俺も……! ベルティア・レイクとしてノア・ムーングレイを愛しています……っ」


 他の誰でもなく自分が愛しているのだと、ベルティアはやっと自分の心に素直になれた。




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