ベルティアとノアはレイク家で夕食を共にし、日が暮れて夜の帳が降りた頃に森の中へと足を進めた。
「ベル、手を」
「そんな、大丈夫ですよ?」
「お前の手に触れる口実だ。言わせないでくれ」
「……それは失礼しました」
恥ずかしそうに笑うノアの手を取り、ゆったりとした足取りで歩き出す。ただ、あまりにも辺りが暗いのでベルティアが人差し指でスッと宙を切ると、二人の周りだけがほわっと淡く輝いた。
「驚いた。もう魔法を習得したのか?」
「習得というか……体が“思い出した”みたいです」
「そうか、元々魔力がすごかったと言っていたものな」
「まだそういう感覚には慣れませんが、魔力が暴走する恐れはなさそうです」
「ベルや家族が望めば、レイク家はベドガー家のように伯爵位を与えられるだろうな。ただそうなると、グラネージュでは衰退しつつある魔力回復事業をベドガー家と同じように担う必要があるが……」
「国のために必要なことであればもちろん協力しますよ」
「……伯爵位を授かれば、俺とベルが結婚することに反対する人は出てこないだろう」
ノアの言葉にベルティアはハッとした。グラネージュでは王族と結婚できる身分は伯爵位以上と決まっているので、ノアはひどく嬉しそうに笑っている。彼がそう言っても爵位を授けるのを決めるのは国王陛下なのだが、男爵令息に正式な婚約の申し込みをするため陛下を説得した王子なので、レイク家がもう一つの魔術師家系だからと説得したら本当に爵位も授与されるかもしれない。
ベルティアは呪いのことを知るより前(正確には、前世のことを思い出す前)は身分とバース性の違いでノアのことを拒否していたけれど、今となってはそのどちらも理由にできなくなった。呪いに関しても今から解きに行くので、本当にもう逃げ場はない。
《ノア・ムーングレイ 好感度:99%》
彼の頭上に表示されている数値を見て、今は不思議と幸福感でベルティアの小さな胸は満たされている。ノアの好感度がどんどん落ちていく過程を振り返れば、正直かなり苦しかったのだ。ノアとベルティアの距離が物理的に離れていくあの感覚は、今後は悪夢として見るかもしれないなと自嘲した。
「久しぶりに来たな、ここは……」
「俺も家を出てから久しぶりに来ました。夜に来たのは初めてです」
「泉が光ってる……これも魔法か?」
「アウラの魔力が注がれているとおばあ様は言ってましたが、今日が満月のせいもあるかもしれません。月の光が泉に反射しているのも一つの理由かも」
「ああ、確かに。今日は満月だったな」
ベルティアとノアが幼少期に出会った泉に辿り着くと、泉の付近だけ青白く発光していた。何となく異様な空気感を放っている泉に二人が近づいた途端、青白く発光していた泉の水面が赤黒く変色する。そして水面がぶわりと波打つと、泉の水滴が人型に形成された。
『わたくしとルーファスの末裔が揃って訪れるとは一体何事じゃ』
「しゃ、喋った……!?」
「ベルティア、俺の後ろに」
『そんなことせずとも、手を出すつもりはない。……ベルティアのほうには、だけれど』
女性の声が森の中に響き渡り、あまりにも冷たい声に体が震えた。泉から形成された人型はオメガの魔女・アウラなのだろう。ベルティアとノアがそれぞれの末裔だと分かっているし、ノアに対してのみ敵対心があるように見える。
ベルティアはノアの背中に隠されていたが彼を制止し、意を決してアウラと対峙した。
「ベルティア・レイクと申します、アウラ様。この度はお願いがあってノア殿下と参りました」
「ノア・ムーングレイと申します。アウラ殿のおっしゃる通り、私はルーファス殿下の末裔です。あなたがかけた呪いのことや、私には計り知れないほどの苦しみや後悔のことは存じております」
『ルーファスの末裔にわたくしの苦しみが分かるものか。お前たち王族は何の身分も権力もない者のことは遊びで、いざとなればすぐに切り捨てる。騙されてはならぬ、ベルティア。この男だってルーファスと同じ血が流れているのだから』
「その悲しい関係を、俺たちが変えたいのです」
ベルティアはアウラとルーファスの日記を取り出し、アウラに差し出した。
「アウラ様が苦しんでいる時、ルーファス殿下も同じように苦しんでいたんです」
『なにを……』
「これはルーファス殿下の日記です。……どうかルーファス殿下も、アウラ様ご自身のことも、赦してあげてください」
「ルーファス・ムーングレイに代わり、ノア・ムーングレイが心からの謝罪を……ただ、あなたのおかげで私はベルティアと出会い、恋に落ちました。ノア・ムーングレイとして、出会わせてくれたことに心からの感謝を」
ベルティアはアウラの日記を、ノアはルーファスの日記をそれぞれ泉の上に浮かべる。その瞬間、赤黒く染まっていた泉は透明度を取り戻し、澄んだ水面には静かに辺りを照らす満月が映っていた。
「レイク家とムーングレイ家が共に歩むことを赦してください、アウラ様……」
泉の水面に触れると、なぜか温かさを感じた。指先からアウラの想いが伝わってくるようで、彼女が一人で苦しみに耐えてきた年月が頭の中をよぎった。けれども、彼女の記憶の中ではルーファスと愛し合っている時が一番美しい思い出として残っているのもベルティアは知っている。
ベルティアが流した涙が落ちて波紋を作ると、二人の日記は光の粉になって水面に広がった。
『わたくしは、あの方をただ、とても愛していたの……』
そんな声が風に乗って聞こえてきたかと思うと、青白く発光していた泉はシンっと静まり返り、森の中は暗闇が広がった。
「……呪いは解けた、のか?」
「どうでしょう……よく分からないですが、でも……」
ノアを振り返ったベルティアはピタッと動きを止める。その視線はノアの頭上に注がれていて、ベルティアにじっと見つめられているノアは不思議そうに首を捻った。
「ベル、どうした?」
「あ、いえ……」
《ノア・ムーングレイ 好感度:100%》
そんな表示にどくんっと心臓が脈打つが、きっと夢のようにはならないだろうと確信にも似た感情を覚える。ベルティアへの好感度が100%になった彼はゲームではもっと取り乱していたし、闇堕ちする素振りがあった。
だが今のノアにそんな雰囲気は感じられないので、きっと呪いは解けたのだろうと信じたい。
「ベルティア・レイク」
ベルティアがぼーっとしたまま頭上の好感度を見つめていると、ノアは服が汚れるのも厭わず地面に片膝をつき、ベルティアの手を握った。
「ルシアナ殿が言っていたように、俺たちがこれから歩む未来は困難が待ち受けていると思う。だが、それでも、ベルティアと一緒にいられない未来よりきっと幸せだ」
「殿下……」
「俺と共に歩んでくれるか、ベルティア。お前がいてくれたら、俺はこの国と共に生きていけるから」
ノアはベルティアの手の甲に口付ける。そんな彼の頭上に「……俺も、同じ気持ちです」と、ぽつりと言葉を呟いた。
『おめでとう! 隠しルート:ノア・ムーングレイをクリアしたよ♪』
どこからかそんな声が聞こえてきたが、二人の愛の誓いは辺りを照らす静かな月だけが見守っていた。
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【第5章 好感度変化】
✧ノア・ムーングレイ✧
好感度:
93%→83%→80%→78%→65%→50%→49%→70%→75%→90%→99%→100%
✧ジェイド・ベドガー✧
好感度:64%→54%→44%
✧セナ・フェルローネ✧
好感度:90%→87%→80%→70%→72%→30%
✧ライナス・ムーングレイ✧
好感度:47%→40%→30%
✧オリヴィア・ローズウッド✧
好感度:-5%