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第6章:幸福の果て



 運命の卒業パーティー当日。


 ベルティアは明日の午後には発つ予定である寮の部屋で、パーティー用の二着の服を壁にかけて難しい顔をしていた。


「これは、どうしたら……」


 重すぎるため息を吐き、額に手を添えて文字通り頭を抱える。どちらの衣装を着て会場へ向かえばいいのか分からないのと、この服を贈ってくれた相手のどちらを尊重するべきか悩んでいた。


「ベルティア、準備にはまだ時間がかかるか?」

「わ、わーっ! 待ってください、入らないで!」

「何を慌てて……まだ着替えていなかったんだな」


 一度は拒否したのだが、ノアがどうしてもと言うので卒業パーティーはベルティアがパートナーになることになった。約束していた時間になってもベルティアが来ないので心配してくれたのだろう。ノアが寮の部屋に迎えに来たのだが、まだ着替えていないベルティアを見て目を丸くしていた。


「すみません、その……」

「……なぜ二着も衣装が?」

「え、ええっと……」

「俺が贈ったのは一着だったはずだが、こちらは誰から?」


 壁に掛かっている衣装はノアから贈られた白い衣装と、パーシヴァルから贈られた深い青色の衣装だ。ノアはベルティアとお揃いにしたのか普段はあまり着用しない白い衣装を纏っていて、いつもより一層眩しく見える。


 ノアはムスッととした顔で青い衣装を指差し、ベルティアは罰が悪そうに「パーシヴァル殿下からです……」と呟けばチッと舌打ちが聞こえた。


「それで、なぜ二着とも壁に掛かったままなんだ? もしかして、どちらを着るか迷っているわけじゃないよな?」

「うっ」

「……ベルティア」

「だ、だって……隣国の王太子からの贈り物を無下にはできません……」

「はぁ……考えてみなさい、ベル。俺のエスコートで入場するお前が、俺と揃いの衣装じゃないほうが注目の的になるぞ」

「そ、そうですよね……」

「仕方ない。俺が手伝ってあげよう」

「へ?」


 ノアに手を引かれ、ベッドに座る彼の膝の上に座るように腰掛ける。何だか嫌な予感がしたが時すでに遅く、ベルティアのシャツのボタンを一つずつ外して服の下に隠れていた肌に熱い指が触れた。


「あっ、ちょ、ダメですってば……!」

「ベルが迷っているからだろ?」

「も、もう迷ってないですっ! 殿下からいただいたほうの衣装を着ますから……っ」

「お前が呼ぶ“殿下”は、三人もいるじゃないか。誰の話を?」

「ん……!」


 シャツをはだけさせた胸元にノアが口付けて、じゅっと音がするほど強く吸われる。ピリッとした甘い痺れが体に走り、ノアが唇を離した部分は赤い鬱血ができていた。


「早く言わないと服で隠れない部分にもつけることになるぞ、ベルティア」


 ノアが挑発的な瞳で見上げてきて、鬱血痕を赤い舌でぺろりと舐める。ベルティアの体を支える手が細い腰をいやらしい手つきで弄るので身を捩ったが、体格差がありすぎるノアの力に敵うわけもなかった。


「の、ノア様からいただいたものを、着ます……」


 改めて言うのは何だかあまりにも恥ずかしくて、ベルティアは顔を真っ赤にして呟いた。恥ずかしそうにしているベルティアをノアは満足そうに見つめ、細い顎を掬って唇に口付ける。甘い口付けにとろけているベルティアの服をキスの合間に脱がせていき、露わになった白い肌に唇を落としていった。


「ん、ん……っ! もう言いました、言ったのに……!」

「すまない。シミひとつないお前の体を見たら……俺のものだという印をつけたくなった」

「あっ、も、つけちゃダメですってばぁ……っ」

「ふ。ベル、お前は本当に可愛いな」

「んな……っ!?」


 正直、ノアから可愛いと言われるのは嫌ではない。だが今まで『アルファ』として長年生きてきたプライドがまだ残っているのか、同じ男に組み敷かれて『可愛い』と言われるのは少し複雑な気持ちにもなる。


 今度はベルティアがムスッとした顔をしていたからか、ノアはくすくす笑いながら「許してくれ。俺だってずっと我慢していたんだ」と言って頬に優しく口付ける。もう二度と手に入らないと思っていたノアの熱がベルティアに注がれていることが嬉しいと思う反面、一気に愛をもらうと胸がいっぱいになって苦しい。


 でもノアのことを離したくはないと思う自分もいるので、ベルティアはぎゅっとノアに抱きついた。


「ん……どうした?」

「幸せだなと思って……」

「ベルが幸せなら俺も幸せだよ」

「本当ですか?」

「ああ。すごくすごく、幸せなんだ」


 幸せを噛み締めるかのようにノアは強い力でベルティアを抱きしめる。とくんとくん、彼の心臓の鼓動がベルティアの剥き出しの肌から伝わってきて、その音の心地よさに思わず目を閉じた。


「……ずっとこうしていたいが、さすがにそろそろ行かなくちゃいけないな」

「そうですね……」

「いつか結婚した暁には、一日中ベッドの上で生活させてやりたいよ」

「……怖いこと言わないでください」

「そういう俺を好きになったお前の負けだ」


 ノアがぐりぐりと額を押し付けてくるのでくすぐったさに笑っていると、甘い雰囲気が漂う空気を切り裂くようにベルティアの部屋のドアが乱暴にノックされた。


「急かす真似をしたくはありませんが、時間が迫っていることにお気づきでしょうか?」

「ああ、レオ。すぐに行くから大丈夫だ」

「すみません、俺がモタモタしていたから。すぐに着替えます」


 二人の甘い雰囲気を切り裂いたのはレオナルドで、ドアの向こうでわざとらしいため息が聞こえた。ベルティアは慌ててノアの膝から飛び降り、青い衣装の隣にかけてあった白い衣装を手に取る。装飾品は黒と金でまとめられていて、胸元のハンカチーフだけはベルティアの瞳の色をしていた。


「……今日はこのカフスボタンを」


 机の上に出していた、ムーン・ナイトの時期にノアからもらった満月を思わせるカフスボタンを、ベルティアを後ろから抱きしめながらノアが直々につけてくれる。今日はノアも同じものをつけていることに気がついて、今までは隠していたお揃いのものが日の目を見られてよかったなとベルティアはふわりと笑った。


「さあ、行こう。ベル、俺の手を取ってくれ」


 支度が終わり、ノアはベルティアに手を差し出す。これからはその手を振り払うのではなく取るのだと、意思を固めたベルティアはそっとノアの手に自分の手を重ねた。




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