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「ノア・ムーングレイ殿下、ベルティア・レイク様のご入場です」


 ベルティアの着替えに時間がかかってしまったので、パーティー会場への入場は二人が最後になった。ノアと腕を組んで会場に足を踏み入れると、ベルティアを待っていたのは他の生徒たちからの陰口だ。


「最後の最後まで、本当に図々しい方ね……」

「ノア殿下とセナ様のご婚約の話は白紙になったらしいですわよ。でも、パーシヴァル殿下とパートナーになってらっしゃるセナ様も素敵ね」


 この卒業パーティーでは、本来なら聖なる瞳のセナのパートナーはノアやジェイドなどの攻略対象者の誰かだった。ただ、ベルティアが隠しルートをクリアしたことで彼のパートナーも変わったらしい。


 そもそもセナは主人公だったにもかかわらずベルティアにばかり構っていたので、他の攻略対象者たちとの関係が進んでいないのだ。ノアが相手ではないのなら、セナのパートナーは隣国の王太子であるパーシヴァルになるのが妥当と言えば妥当である。


 ノアと一緒に歩きながらパーシヴァルとセナが談笑している姿が見え、本編では見られなかった二人の姿はお似合いだなと感じた。


「この佳き日を、長い年月を共にした仲間たちと迎えられたことに感謝している。学園生活を通して生涯の友や、永遠の愛を与えられるような人と出会えたのではないだろうか」


 ノアがグラスを片手に挨拶をしていて、ベルティアはそんな彼を見上げながら今でも彼のパートナーとしてこの場にいるのが信じられなかった。


 ゲーム本編ではノアの挨拶のあとにベルティアはセナへの嫌がらせの件を問い詰められ、断罪される。断罪されたベルティアのその後は詳しく描かれていなかったけれど、一人ぼっちになった彼はどこへ行ったのだろう。今となってはそのバッドエンドを見ることはもう叶わない。


 ただ、最後まで何があるか分からないので少し緊張していると、ノアの挨拶が締めに入ったところで「少し発言をよろしいでしょうか?」とパーシヴァルが手を挙げた。


「もちろんだ、パーシヴァル殿」

「卒業後はアルべハーフェンに戻る身ですので、この場でグラネージュの皆さんに感謝を述べさせていただきます。王立学園での生活は僕にとっても学びのある経験になりました」


 壇上に上がったパーシヴァルが頭を下げると、会場から拍手が起こる。ベルティアも他の生徒と同じように控えめに拍手をしていると、壇上にいるパーシヴァルと目が合った気がした。


「実は僕がグラネージュに留学した理由は、この国に伝わる強力な魔術について興味があり、勉強をしたかったからです。アルべハーフェンとは違い魔術が衰退の一途を辿るグラネージュで、ベドガー家と同じくらい……それ以上に強い魔力を持っている一家は、魔術が繁栄しているアルべハーフェンにもいない希少な存在でした。彼らがどのようにして魔力を存続させてきたのか……それを知りたかったのです」


 どくんっと心臓が大きく跳ねる。パーシヴァルは確実にベルティアのことを見つめていて、吸い込まれるような青い瞳に見つめられると顔を逸らすことができなかった。


「ノア殿下や国王陛下にもご相談させていただき、今後はアルべハーフェンとグラネージュで魔力の共同研究をさせていただくことになりました。責任者は王太子である僕とノア殿下、それにベドガー家のジェイド殿と聖なる瞳の力を持つセナ殿、そして……ベルティア・レイク殿。ベドガー家に勝るとも劣らない強力な魔力を持つ家系の君の力をどうか貸してもらいたい」


 ぽかんとしているのはベルティアと事情を知らない生徒だけで、この場にいるジェイドやセナは全く驚いていない。何より壇上にいるノアも素知らぬ顔をしているので、全員がベルティアにだけこの話を黙っていたのは明らかだった。


「うそ、ベルティア・レイクがベドガー家のように魔術師の家系なの!?」

「ベドガー家がグラネージュ最後の魔術師家系だって話だったのに……」

「魔力を持ってるなら貴重な人材じゃない……!」


 騒ぎ出す周りの生徒は一瞬にしてベルティアを見る目が変わった。ノアが満足そうに微笑んでいるので、きっとこうなることを計算した上でわざとこの場でパーシヴァルに発言させたのだ。


 ただ愛しているから一緒にいたい、という理由では当事者以外は納得しない。それをノアも分かっていたから、ベルティアの地盤固めをしたのだろう。アウラの呪いを解いてまだ数日しか経っていないのにこの話のまとまり方は、きっと前々から計画していたに違いない。


 レイク家が魔術師家系だと知っていたから国王陛下も説得しベルティアへの婚約を申し込んだのかもしれないなと、やっとあの時の署名の意味が分かったようでベルティアは苦笑した。


「反応に困るような突然の出来事はやめてください……!」

「こうでもしないとリアリティがないと思ったからな。でも提案したのは俺ではなく、パーシヴァル殿だぞ」

「黙っていて申し訳なかった、ベルティア。実は僕の恩師がグラネージュから嫁いできた王女でね。……おとぎ話のような魔女の話を聞いていたんだ」

「グラネージュの王女って……」


 ベルティアの祖母・ルシアナがアウラの呪いの話をしてくれた時に、ルシアナにも諦めた恋があったと話していたのを思い出す。確かその相手はムーングレイ王家に生まれた王女で、隣国に嫁いだと言っていたのだ。


 どうやらその人はパーシヴァルの魔法の恩師であるらしく、おとぎ話だと言ってアウラとルーファス王子の話を聞いていたパーシヴァルはグラネージュにひどく興味を抱いたと言う。そして念願叶って留学をし、密かにベルティアのことを観察していたらしい。


「本当はベルティアと結婚して、アルべハーフェンに連れて帰るのが目的だったんだけどね」

「えぇ!?」

「ノア殿下と親密なのは分かったけれど、険悪そうだったし押せばいけるかと」

「僕とパーシヴァル殿下は、ノア殿下とベルティア先輩の痴話喧嘩に巻き込まれ組として親しくなったんですよ」

「……なにをどう、どこから理解したらいいのか……!」

「まあとりあえず、丸く収まったってことです!」


 よかったですね、先輩!と、セナが耳元で囁く。そんな彼の頭上をチラリと見やるが、半年付き合ってきた好感度の表示はなくなっていた。実はあの夜、アウラの呪いを解いてから好感度の表示が全員消えたのだ。


 どこからともなく『クリアおめでとう♪』と聞こえてきたので『ベルティア・レイクの幸福』としての物語は終止符を打ったのだろう。あんな表示はもう二度と見たくないなと思うと同時に、半年の癖で頭上を見る習慣がついてしまった。


「……好感度ってまだ見えます?」

「いえ、もう何も」

「ふふ、そっか! 正真正銘、ハッピーエンドになったんだ」


 セナが嬉しそうに笑いながらベルティアの腕にくっついてきて、彼のハニーピンクの髪の毛がふわりと揺れる。ベルティアがすりっと擦り寄ると「……あんまり思わせぶりなことすると、襲いますよ?」と意地悪な笑みを向けた。




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