卒業パーティーは何の事件も起こらずに終わり、ベルティアはゲームが終わったその先の朝を迎えた。今までの出来事が全部夢だったとか、前世の自分に戻っていたとか、そんな都合のいいことはない。きちんと『ベルティア・レイク』として、本編のエンディングの先に存在しているのだ。
「……夢じゃなくてよかった」
実はセナと出会って倒れてからずっと眠りについていて、今までの出来事が全て夢だったという最悪のシナリオではなくてよかったと心の底から安堵の息を吐く。ベッドから降りて寮の部屋のカーテンを開けるとピカピカの太陽が空に浮かんでいて、まるでベルティアのこれからを祝福してくれているようだった。
「ベルティア先輩、いますか?」
「セナ様?」
「あ、荷造りの最中にすみません……少しお時間ありますか?」
「もちろんです。狭い部屋ですがどうぞ」
荷物の最終確認をしているところにセナが現れ、すっからかんになったベルティアの部屋に招き入れた。どうぞと言ったもののベルティアはセナの後ろから現れた人物を見て、思わず持っていた本を床に落としてしまった。
「えっ、お、オリヴィア嬢……っ!?」
セナの後ろから現れたのは、お披露目パーティーの時に庭園で会ったきりだったオリヴィア・ローズウッドだった。彼女は顔や姿を隠すようにローブを羽織っていて、ベルティアの困惑した声に顔を上げる。ローブの下から覗き込む彼女の緑色の瞳と目が合い、ベルティアの心臓は大きく跳ねた。
「突然訪問してしまって申し訳ありません、ベルティア様」
「ベルティア様って……! そんなふうに呼んでいただけるような身分では……っ」
「いいえ。わたくしの中で貴方様は唯一無二の神のような存在ですから」
「神!?」
「ああ、本当に……っ! なんってお可愛らしいの!?」
「ひぁっ」
オリヴィアはセナと同じで転生者だと聞いていたけれど、一度会った時に高圧的で威圧感がすごかった彼女のことを忘れられないベルティアはひどく驚いた。なんせ彼女はベルティアを蔑んでいた大きな瞳を輝かせ、ベルティアの両頬を包み込んで大興奮しているのだ。
「本当に顔の造形がこの世のものとは思えないほどお美しいわ……! 小さい顔に長い手足、完璧すぎるスタイルとルックス……そりゃあノア殿下も執着してしまいますわよ!」
「えと、いや、え……?」
「セラ……いや、リヴィ。ベルティア先輩が怖がってるから落ち着いて」
「ああああわたくしとしたことがお恥ずかしい! ベル様とお呼びしてもよろしくて?」
「な、なんとでもどうぞ……!」
「はぁんっ、ベル様とお呼びするのが夢でしたのよ! これでわたくし、何の後悔もなく死ねますわ!」
「し、死ぬのはダメですよ!」
「お優しいのですね、ベル様ったら……わたくし、あんなにひどいことを言ったのに」
以前庭園で会った時のオリヴィアとは大分印象が違うので戸惑ったが、コロコロと表情が変わる彼女が愛らしい。ベルティアを見下ろしていた威圧感たっぷりの彼女も威厳があってゲームのキャラクターとしてはよかったけれど、何かに夢中になってはしゃいでいる姿を見ると年相応の女性だなと何だか安心した。
「言い訳にしかならないのですけれど……ベル様に幸せになってもらうエンディングのためには仕方がありませんでしたの……」
「セナ様からお聞きしました。俺のことを考えて、好感度をマイナスにしようと頑張ってくれていたと……そうとは知らず、悩ませて申し訳ありませんでした」
「ベル様のためですもの! でも、わたくしと結ばれるエンディングでもよかったのではなくて?」
「え?」
「ベル様は今はオメガに転換されたのですわよね? なら、わたくしが貴方様を孕ませ……」
「ストーップ! これ以上はお前の威厳のためにもやめようね、リヴィ」
前世のセナとオリヴィアは双子だったと言っていたからか、セナと同じダークな部分が垣間見えた気がする。目が据わり熱い息を吐いていたオリヴィアをセナが引き剥がし、ベルティアは苦笑した。
「お二人は今でも仲がいいんですね。ゲームでも秘密の幼馴染でしたし」
「不幸中の幸いってやつですよ。転生したことに気がついた時はどうしようかと思いましたが……リヴィがいてくれて助かりました」
「わたくしたち、前世の頃からベル様を幸せにしようと奔走していましたのよ」
「そうなんですか……」
「本当でしたらセナと結ばれて合法的に家族みたいなポジションに居座りたかったのですけれど……仕方ありませんわよね。ノア殿下の愛にはきっとどなたも勝てませんわ」
「本当に。本編でなぜ僕と結ばれたのか不思議なくらい」
主人公であるセナから見ても、ノアのベルティアへの気持ちは真摯で情熱的だったらしい。よく言えば一途、悪く言えば執着だと思うけれど、彼の気持ちは前者としてベルティアは受け取っている。
「これからも見守っていますわ、ベル様。ノア殿下にいじめられたら言ってくださいませ」
「僕とリヴィでお説教しに行きますから」
「……あはっ! お二人に怒られたら、殿下はきっと何も言えなくなってしまいますね」
セナとオリヴィアの言葉にベルティアがふんわり笑うと、二人とも惚けていた。それぞれがベルティアの肩を掴み「やっぱ僕らのものにする……?」「今なら殿下もいませんものね」と物騒な会話を繰り広げた。
「ベルティア先輩、僕とオリヴィアと結婚しません?」
「絶対に幸せにいたしますわよ?」
「えっ、いやいや、ちょっと……!」
二人が怖い顔をして近づいてくるものだから限界まで逃げていると、タイミングよく寮父が「馬車が到着しましたよ」と声を掛けに来てくれた。
「ちぇ。やっぱり僕じゃダメかぁ」
「まぁまぁ、セナ。推しカプを見守るのも壁の役目ですわよ」
「そうだね、リヴィ。ずっと見守ってますからね、ベルティア先輩!」
「色々ありましたが、ありがとうございました。実を言うとセナ様のためのキャラクターを取ってしまったと、気に病んでいたのですが……」
ベルティアの気持ちを告白すると、セナにぎゅうっと抱きしめられる。どういう意味の抱擁なのか分からずにいると、体を離した彼の瞳が涙で潤んでいた。
「僕の秘密を教えてあげます」
「秘密ですか?」
「前世の僕がベルティア先輩と隠しルートに進ませた相手……ノア殿下でした」
「セナ、様……」
「僕はあの人を僕のためのキャラクターだと思ったことはありません。ここで会ってからもそうでした。ノア・ムーングレイは、あなたのためのアルファですよ」
僕はあなたがノア殿下と結ばれるのを望んでいたから。
セナがそう言いながら泣くものだから、ベルティアもつられて涙ぐむ。どちらからともなくもう一度抱きしめ合うと、二人の間には確かな絆が生まれた気がした。
「僕、意外と力持ちなので馬車まで荷物運びますね!」
「そんな、大丈夫ですよ!」
「いいんです、どうせ暇なので!」
照れてしまったのか耳まで真っ赤にしたセナが荷物を持って部屋を出ていく。残されたベルティアも残りの荷物を手に持つと、オリヴィアがフードを被りながら「ありがとう」と感謝の言葉を呟いた。
「あまり言ってはいけないことだと思うけれど……あの子、前世の名前も同じでしたの」
「え? セナ様の名前が?」
「ええ。双子の男兄弟でしたがあの子はセナ、わたくしはセラ。あの子はずっと、前世から、貴方様に名前を呼んでもらうことが夢でしたわ。だから、ありがとう」
そんな裏話を聞いたベルティアはそっとオリヴィアからも抱きしめられ、この世界に転生したことは悪いことばかりではなかったなと、やっとこの人生を肯定できた。