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 卒業後、寮を出て久しぶりに実家で一週間ほどゆっくり生活したベルティアだったが、ノアが迎えに来て再び王都へと戻ることとなった。


「急かしてすまないな、ベルティア」

「いえ。何もご連絡がないので夢だったのかと思っていたところでした」

「はは、いつからそんな冗談を言えるようになったんだ」


 ノアに連れられてきたのは王宮からほど近い小ぢんまりとした屋敷。小ぢんまりと言っても馬車が停まると門を開ける門番がいるし、庭園を手入れしている庭師、家の中には数人の使用人が二人を出迎えた。


「お帰りなさいませ、ノア殿下、ベルティア様」

「えっと……?」

「今日からお前の住まいだ。俺も時々帰ってくる」

「はい!?」

「あまり大きすぎる屋敷だとベルティアが遠慮すると思ってな。ここは自由に、お前の家として使ってくれ」

「“俺も時々帰ってくる”とは……?」

「そのままの意味だ。王宮で俺の側近だった者たちから選りすぐりの者を選んでこの屋敷に連れてきたから、俺のオアシスだといっても過言ではない」

「ベルティア様。私はメイド長のマリアンヌと申します。昔、ノア殿下と家族のフリをしてレイク家に泊まらせていただいた者でございます。今日からベルティア様のためにこの屋敷で働けること、使用人一同嬉しく思っています」

「えっ、あの時の……!?」


 ノアとベルティアが運命の出会いをした日、ノアの母親のフリをしてレイク家に滞在していた女性がこの屋敷のメイド長になったらしい。同じ学園の生徒たちからは敬遠されていたベルティアだが、ノアが直々に選んで連れてきたという使用人たちはみんな好意的な笑みを浮かべている。


 ノアのことなので、自分とベルティアの関係を認めている者たちを連れてきてくれたのだろう。その心はきっと、ベルティアが気を遣わず過ごせるように、と配慮してくれた結果なのだろうなと勝手に想像した。


「俺たちの婚約手続きはもうすぐ承認されるだろう。そしたら自分は王太子の婚約者だと言いふらしてくれ」

「そんなことしません。聞かれたら答えるだけにします」

「はぁ、こうなってもつれないな、お前は。でもそういうところも好きなのは、惚れた弱みというやつだな」

「ちょ、ちょっと……! こんなところで引っ付かないでください、殿下!」


 ノアにとっては気を許せる者たちしかいないのだろうけれど、ベルティアにとっては初対面の人たちが多い。まだ爵位は男爵のままだし、いくら魔力を持つ家系の人間だとしてもベルティアはまだ自分の立場について萎縮しているのだ。


 そんなベルティアにノアはお構いなしでくっついてくるものだから恥ずかしいのと困惑が入り乱れていると、使用人たちは「これですわ、これ……!」「やっとノア殿下のお気持ちが叶って夢のような後継です……!」と感動していた。


「ノア殿下、ベルティア様、私どもはお二人の仲を精一杯応援させていただきます。これからはどうぞ、この屋敷で愛を育んでいってくださいね」


 マリアンヌが目を潤ませながら微笑んで一礼する。彼女に倣って他の使用人たちも頭を下げるので、ここにいる人たちは本当にノアとベルティアの未来を祝福してくれているのだなと、胸がきゅっと締め付けられた。


「おいで、ベルティア。部屋を案内しよう」

「はい……お願いします」


 ノアが差し出した手を自然と取り、屋敷の階段を上がる。この屋敷は華美な装飾などはなく、廊下にはささやかな美しさの花が飾られていた。どこか家庭的な、庶民的な雰囲気にベルティアはホッと息を吐く。ノアはきっと、ベルティアが過ごしやすい場所という意味でこの屋敷にしたのだろうなと改めて実感した。


「お前の気持ちを考えて、俺たちの部屋は別々にしたよ。隣だし、一応中のドアで繋がっているけどな」

「……眠る時も別々ですか?」


 ベルティアの部屋だといって案内してもらったのは、部屋の真ん中にテーブルとソファ、壁一面にはベルティアが好きそうな本が敷き詰められた本棚があり、天蓋付きのベッドが配置されていた。ノアの言うように部屋の隅には不自然なドアがあり、そこを開けると隣の部屋に繋がっているらしい。


 ノアは『時々帰ってくる』と言っていたので基本的にはこの屋敷で過ごすのはベルティアだけだろうし、部屋も別々なので一人で眠るのは自然なことだ。でも、言葉を飲み込むより前に自然と出てきてしまった。


「……俺が帰ってきた時は、同じベッドで眠ろう」


 ベルティアの手を引き、柔らかいベッドに押し倒す。まだ日が高いし、仕事についても聞きたいことがあるし、屋敷の中も見回りたい。


 頭の中ではそう思っているのに今度は言葉にできなくて、その代わり繋いだままのノアの手をぎゅっと握りしめた。


「フェロモンが……」

「え……?」

「フェロモンが溢れてるぞ、ベル……誘われていいのか?」

「んんっ、承諾する前に手を出してるじゃないですか……」

「すまない。なにせ、俺はかなり我慢していたからな」


 自分ではフェロモンが出ているかどうかなんて分からないけれど、ノアがアルファの強いフェロモンを出しているのは分かる。ベルティアが彼をそうさせたのかと思うと、昼間からこういう展開になってもいいか、なんて思ってしまった。


 そんなベルティアをよそに、ノアは息を荒くしながら細い首筋に吸い付く。じゅっと音を立てて吸い、鬱血痕をぺろりと舐める。ノアの熱い舌先に体中が甘く痺れて、思わず膝を擦り合わせた。


「身も心も、殿下のものしてください……俺だってあなたが足りないし、あなたとは結ばれないからとずっとずっと我慢してきたんです」


 今までのことを思い出すとなんだか泣けてきて、ベルティアはノアに向かって手を伸ばす。彼はそんなベルティアの手を取り、自身の首に回してぎゅっと強く抱きしめた。


「愛してる、ベルティア。これからは同じ未来を歩んでいこう」

「はい……愛してます、ノア様。ずっとずっと、一緒にいてください」


 誓いの口付けにも似たキスをして、二人は甘い愛の海に溺れた。




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