筆者の中で、映画評論といえば、蓮實重彦と町山智浩の両氏である。
映画で表現されていることこそ全てという評論方法の蓮實重彦に対し、監督やスタッフ・キャストへの綿密な取材によって映画では描かれていない背景などを考察するという評論方法の町山智浩である。
映画館で、アメリカ映画のパンフレットを購入すると、町山氏が解説文を寄せていることが多い。それだけ業界からも信用されているということなのだろうか。町山氏はTBSラジオのお昼の番組で長期に渡って映画評論コーナー(アメリカの時事も扱う)を持っていることもあるので、そのイメージが強いかもしれない。
町山氏は、映画評論家としては信頼を集めているものの、少し不適切なことを言うきらいがあり、例えば次のようなことだ。
統合失調症の家族を描いたドキュメンタリー『どうすればよかったか?』をラジオ番組で論じた際に、「すすきのホテル殺人事件の犯人も統合失調症とみられ、家族も対処に困っていたという構図が『どうすればよかったか?』と通ずるものがある」などという趣旨の発言をおこなったものだ。
これは、きわめて不規則な発言と断ぜざるを得ない。「すすきのホテル殺人事件」の主犯であるところの長女はまだ裁判がおこなわれておらず、医師でもない人間が統合失調症ではないかなどと言及することは名誉毀損だ。
判例時報によると、路上バイクの撤去などを求めて警察署を訪れた者に対し、警察官が「頭がおかしい」などと発言したことについて、名誉感情を害したとして不法行為の成立が認められた事例があるという。人の精神状態について診断を求められた医師でもないのに言及する行為はきわめて不適切といえる。
このような不規則発言もある町山氏だが、あんまり余計なことを言わなければ信頼できる映画評論家だといえる。ようは、子供っぽいのである。言っちゃいけないようなことを言いたくて言いたくてたまらない、というのはラジオを聞いていて伝わってくる。
映画の裏側まで追及する町山氏の評論方法はかなり人々の知的欲求を満たすものであって、確立された手法であるが、一方で野暮とか無粋と評される側面もあるかもしれない。
筆者としては、基本的に映画で表現されたことがすべて。しかし、「あの場面の意図は?」と気になるような人にとっては町山氏はありがたい存在といえる。
とにかく町山氏は映画を見て、「あの場面の意図は?」「どういう経緯で製作に行き着いたのか?」「あのシーンを撮るためにはすごい工夫がなされているのてはないか?」などといった好奇心の固まりなのだ。
そのようなスタンス。提供されたものをそのまま受け入れるのではなく、様々な視点で追及するスタンスは我々も見習うべきだろう。