顔を真っ赤に染めた彼女を見て、どう声を掛ければいいのか分からなくなってしまう。
少し前から感じている、一人称の変化からくる違和感といい……何かがおかしい。
朝まではあんなに元気だったのに、今は何故だかおしとやかに見えて……
「ちょっと先生?何かダートちゃんに対して、言うことがあるんじゃないの?」
「言うこと……?」
「……んもうっ!服装を褒めてあげるとか、色々あるじゃないの!」
服装を褒める?そんな事を言われても、彼女の容姿を考えると何を着ても似合うと思う。
それに……褒めたととしても、逆に怒らせてしまう気がする。
「んー……」
そんな人の地雷を踏み抜く気はぼくには無い。
けど……おばさんはぼくに、ダートさんを褒めてあげて欲しいというけれど、本当にどうすればいいのか。
いくら考えても、これと言って他の案が思い浮かばないから、言われた通りに褒めておこう。
「……似合っていると思います」
「……っ!?」
褒めた瞬間、彼女の身体がびくんと跳ねる。
もしかして、変な事を言ってしまったのだろうか、そう思ってダートさんを見るけれど、顔を赤く染めたまま、うつむいてしまっているし……これは、色々と考えては見るけれど、どうすればいいのか分からない。
「ダートちゃん良かったじゃない、褒めて貰えたわよ?」
服屋のおばさんなら、何か助けになってくれるかもしれない。
そう思って彼女を見ても、嬉しそうな表情を浮かべてダートさんの頭を撫でるだけで、参考になりそうにない。
「……あの、お会計の方お願いします」
だから、逃げるように雑貨屋へと向かおうとしたけれど……
「あら?いらないわよ?」
……支払いがいらないという言葉に、一瞬思考が止まってしまう。
彼女はお金に対して、厳しい事で有名だから……タダで貰えるとかはない筈、という事はダートさんが既にお金を払ったのかもしれない。
もしそうだとしたら……ぼくが全額出そうと思っていたから、そんなに遠慮しないでいいのにとは思うけど、そういう事ならこのまま雑貨屋に行かせて貰おう。
「……今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ良いものを見させて貰ったわ、ダートちゃん、またよろしくね?……先生も今度は、自分の服を買いに来てね?」
「……えぇ、その時はお世話になります」
さっきから黙ったまま、何も話してくれない彼女を連れて服屋を出ると、雑貨屋に向かって歩き始める。
……周囲に誰もいないせいか、無言で歩き続けるのは……結構気まずい。
やっぱり、何か怒らせるような事をしてしまったのかもしれない……そう思って、理由は分からないけどとりあえず謝罪しようとしたら、視界の隅で何かが光った気がした。
「……てめぇ、なぁにさっきから気まずそうにしてんだよ」
何が起きたのか気になって、光のした方に振り返ると、そこには……元の気が強そうな雰囲気の彼女が、不機嫌そうにぼくを睨んでいる。
先程までのしおらしさから一転して、口調にも威圧感があるから……何か気に障るような事を言葉にしてしまったら、更に機嫌を損ねてしまいそうだ。
「あぁ、いや……ダートさんが、ずっと静かだったから心配してたんです」
「心配だぁ……?ったく、余計なお世話だっ!」
「余計って……」
「ふぅ……次余計な気を回したら、キレっからな?」
……もう既に怒っている気がするけど、口答えをしたらダメな気がする。
そうしてまた、沈黙が場を支配しながら歩き続けているうちに雑貨屋に着く。
「ここが、最初に行く予定だった雑貨屋です」
「……へぇ、辺境の村にしては立派な店構えしてるじゃねぇか」
「やるからには何でも揃うようにしたいっていう店主なりのこだわりがあってさ」
「……ふぅん」
興味深げに店内を覗き込んでいる彼女を連れて中に入る。
……ここの店主は色々と変わった人だけど、ぼくの考えが間違えで無ければ、ダートさんとは性格の相性が良い筈だ。
そう思いながら、商品に目を通して行くと、人が来たことに気付いたのかお店の奥から足音が近づいて来る。
「あんれぇ?レースくんじゃない、今日は何かご入用?」
「あぁ、うん、どうも店主さん」
「……ん?なんやいきなり他人行儀に、うちとあんたの仲なんやからさぁ、名前で呼んでくれてええんよ?」
目の前に現れると、笑顔で声を掛けて来る。
相変わらずこの人は、距離感が近い……誰に対してもこうやって人当たり良く接するおかげで、ぼくなんかとは違い村人からの印象が良い。
「うん……今日はですね、師匠の元からぼくの治療院に、助手が新たに送られてきまして……彼女に必要な物を探しに来たんですよ」
「へぇ、だからそんなかっこつけて、他人のフリなんかしとるんかぁ……それにしても助手さんねぇ、それってあそこにいるべっぴんさん?」
「……えぇ」
不思議そうな顔をしながら、興味深げに様々な商品を手に取って目を輝かせているダートさんを指差す。
……そういえば、雑貨屋に入ってから彼女の側にいるのを忘れていたけど、何やら物色をしているという事は、必要なものを見つけたのだろうか。
「おーいっ!そこの可愛いおねぇちゃん!何か欲しいの見つかったんかー?」
「え……えつと」
「おぉ、そっかぁ!それなら相談に乗るからこっちに来てー?」
「えぇ、分かりました」
丁寧に返事をすると、持っていた商品を丁寧に元の場所に戻して近づいて来る。
けど、この近辺には特に彼女が気に入るようなものがないみたいで、先程とは違い興味が無さそうだ。
「これと言って見える範囲で欲しい物は特にないのですが、もしベッドがあるのでしたら、購入させて頂けますか?」
「ベッドかぁ、んー……店に置くとデカくてかさばるから、倉庫に置いとるのがあるんやけど……」
「……それって見させて貰う事って出来ますか?」
「おぉ、興味あるん?えぇよ?それなら直ぐに持ってくるから、ちょっと待っててな?」
店主が早足に雑貨屋から出ると、倉庫に向かって走り出す。
改めて思うけど、本当にこの雑貨屋は何でもある……もしかしたら、ここで手に入らないものは無いのではないだろうか。
けど……今はそれよりも、また雰囲気が変わった彼女が気になる。
「えっと……ダートさん、また口調が変になってますけど、どうしたのですか?」
「……変って、おめぇは馬鹿か?今の服装で口が悪かったら、やべぇ奴だろうが」
「あぁ、うん……確かに」
「……おめぇなぁ、服屋のおばさんにも言われてたけど、もっと村に出て色んな人と話したり、友達と交流する習慣をつけた方がいいと思うぜ?」
何か失礼な事を言われている気がする。
色んな人と話す習慣を付けた方が良いって言われても、診療所を経営しているおかげで、頻繁にとは言わないが定期的には人と話しているし、雑貨屋の店主のように仲の良い友人もいる。
だから今でも充分、人と話したり交流を重ねている筈なのに、知り合ったばかりの人から、そこまで失礼な事を言われるのは、何だか納得がいかない。
「はぁい、待たせてごめんなー、持って来たよぉっと!」
「店主さん、ありがとうございます」
どう彼女のこの気持ちを伝えるか悩んでいるうちに、店主がベッドを持ってくると、店先において中に入って来る。
「店主さんじゃなくて、コルクさんって呼んでくれてええよ?」
「えぇ、ありがとうございますコルクさん!」
「レース先生も、何時までも他人の振りをしてないで、あんたの少ない友人のコルクさんを、ちゃんと名前でよびぃよ?」
「……分かったよ、コルク」
「分かればよろしいっ!いやぁ、それにしてもこの子、ほんまにええ子やねぇ……うん、気に入った!もし、そこのレースに酷い事をされたら、うちに言いに来な?絶対力になるかんね!」
……いったいぼくが、ダートさんに対して何をするというのだろうか。
ぼくはそんな女性だと思ったら、見境なく欲情するような危険人物になったような記憶はない。
「ふふ、ありがとうございます、その時は是非頼らせて貰いますね?」
「うん、任せとき……んじゃ、ベッドはこれでいいの?女の子が使うにはいささか大きすぎる気がするけど」
「大丈夫です、それでお願いします」
「なら良かったわぁ、お買い上げの方ありがと!」
コルクがいきなりダートさんの手を握ると、勢いよく上下に振り始める。
いきなりの事に理解が追い付いてないようで、困惑した表情を浮かべるのを見ると思うけど、こういう距離感が近すぎるところさえなければ、良い店主だと思うのに……何て言うか残念だ。
「とりあえずベッドはここでばらして持っていく?ほら、女の子とレースだけじゃ運ぶの大変やん?」
「いえ、そのままで大丈夫ですよ?」
彼女の指先に光を灯し、空間収納を開くとベッドを中にしまう。
その姿を見ながら、コルクにお代を払うけれど……いったい、あの中にはどれくらいまで、物が入るのだろうか。
「へぇ、空間収納が使えるんかぁ……それにしても、レースあんた、何も言わずに支払いをするなんて器量を見せるねぇ」
器量を見せると言われても、初めから今回の支払いは全てぼくがするつもりだったから、これくらいは必要な出費だ。
後は他に何も無ければ、このまま家に帰って明日の準備をしないと……さすがに二日以上、診療所を閉じるのは良くない。
「……じゃあ、ぼく達はこれで帰るよ」
「えぇ?もう帰るんかぁ……ったく、先生も何か買ったらいいのに」
「今度来た時に気になる物があったら買うよ」
「お?言ったな?それなら今度来た時に絶対、何か買ってもらうかんね?ダートさんも今日は利用してくれてありがとう!今度は買い物だけじゃなくて、遊びにも来てなー」
「はい、絶対遊びに行きますね」
二人が笑顔で手を取り合う姿を見て、思わず笑みがこぼれる。
そうして帰路についたぼく達は、ゆっくりとした足取りで家に帰ると……誰かが玄関の前に立っている姿が見えた。
今日は誰かが訪ねて来るとは聞いていない……もしかして、急患の患者が来たのかもしれない。