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第13話 ワンピースを着た少女 ダート視点

 レースさんが、強引にお店から追い出されていく。

……最初は、着替えを適当に選んで貰ってから、雑貨屋さんに行って必要な物を揃えてから、家に帰るだけだったのにどうして……


「さぁて、女心の分からない先生は出て行かせたし、ダートちゃん」

「……えっと」

「好きなタイプのお洋服を教えて貰えるかしら?」

「……好きなお洋服、ですか?」


 この一瞬で起きた出来事に、理解が追い付かなくて……自分に掛けていた暗示の魔術が解けてしまった。

今のような丁寧な口調だと、ランクが下の冒険者達から下に見られてしまう。


「えぇ、ダートちゃんはどんなお洋服がお好きかしら?」


 私のような荒事に向かない性格だと、隙を見せたら何をされるか分からない。

だから、自身とは正反対の人格になるように暗示を掛けていたけれど、今みたいに理解が追い付かない状況になってしまうと、集中力が途切れて元に戻ってしまう。


「……あら?静かなままだけど、ダートちゃんどうしたの?」


 それに好きなお洋服って言われても、この世界に来てからお洒落をする余裕なんて無かったし。

カルディアさん達に助けられて、冒険者になってから自分の力で日々の生活費を稼いで、生きていくの必死で、今まで考える余裕すらもなかった。


「あの……お洋服を自分で選ぶのが初めてで」

「あらそうなのん?こんなに美人で可愛らしいのに、勿体ないわねぇ」


 レースさんに会ってから驚かされる事ばかりで……何時もなら暗示の魔術が解けても、直ぐに掛け直す事が出来る。

だけど、今の状況を考えると魔術を使う時間は無いと思う。


「あ、でも……水色のお洋服のあるのでしたら、着てみたいです」

「水色でいいのね?」

「はい、お母様が好きな色なので着て見たくて……」

「お母様が好きだった……?なるほどねぇ」


 何やら納得したような表情を浮かべると、鼻歌を口ずさみながら洋服を選び始める。

記憶の中にいるお母様は、自身の美しい紫色の髪に合わせて水色のドレスを着る事が多くて、それがとても似合っていた。

……私が居なくなってから心配していないだろうか、今も必死に私の事を探しているのだろうか。

そう思うと、もう二度と会う事が出来ない現実に心が苦しくなる。


「ダートちゃん、これはどうかしら?」


 ……戻れない日常にいくら思いを馳せても、どうしようもない。

そう思って何とか気持ちを切り替えようとしていると、おばさまが村娘風のワンピースを手に歩いて来る。

地味ながらも、水色に染め上げられたワンピースに、白い花の刺繍が施され……まるで貴族のお嬢様が着るような美しさがある。


「……凄い綺麗」

「でしょう?お母様が好きだってダートちゃんが言ってたから、うちで一番綺麗なお洋服を選んだの」

「そんな……ありがとうございます」


 嬉しそうに笑う姿を見て、私も思わず心が温かくなって笑みがこぼれてしまう。


「でも、ダートちゃんの今のお洋服って、魔術師のローブの下に露出が高い服装じゃない?それと比べたら、大分露出が減ってしまうし、それに……短いズボンからスカートになって、色々と違和感があると思うけど大丈夫かしら?」

「大丈夫です、だって……これから村のお世話になるんですもの、派手な服装じゃなくて、周囲に合わせないと」

「あらぁ……本当にいい子ねぇ、先生のところに来てくれて嬉しいわぁ」

「……いい子だなんて」

「そういう御淑やかなところも素敵よ?もう、これから毎日通っちゃおうかしら」


 私に会いに来てくれるのは凄い嬉しい、この世界に来てから友人が出来た事が無かった。

もしかしたら、この村で歳の離れた友人が出来るかもしれないと思うと、凄く嬉しくて……でも、暫くしたらレースさんを連れて首都に戻らないといけない。


「あの……おばさま、このお洋服以外にも選んで貰っていいですか?全部買いたいです」

「あら?これくらい、ただでダートちゃんにあげるわよ?この村に来てくれたお祝いをしないと」


 選んで貰ったお洋服の価値が分かる人がいれば、それなりの値打ちがある筈なのに……


「そんな……ただで貰ってしまったら、おばさまに迷惑が──」

「若い子がそんな難しい事考えなくていいの、年長者の好意には素直に甘えなさい?」


 私の手を握りながらそう言葉にした後、一週間分の着替えを見繕ってくれる。


「あの、初対面なのにこんなにお世話になってしまって……」

「ふふ、いいのよ?でもそうね……できたら、これから定期的に買いに来てね?おばさんとの約束よ?」

「ふふ、はいっ!約束します!」


 そう言葉にすると、お互い声を上げて笑う。

この人のところなら、定期的に買い物に行くだけじゃなくて、時間がある時に遊びに行きたい。

診療所で働くようになったら、忙しくて時間が取れないかもしれないけど、友達は大事にしたいから。


「あ、そうだっ!私の選んだお洋服で気に入ったのを、着て行きなさい」

「……え?いいのですか?」

「もちろん、着替えて可愛くなって姿を先生に見せて驚かせちゃいなさい、きっと喜んでくれるわよ?」

「喜んでくれるって、レースさんとはそんな……」


 レースさんが喜んでくれるかもって、私達はまだそんな関係じゃないし、まで出会ってから一日しか経ってない。

でも……ちょっとだけ、驚いている姿が見たいって思うこの気持ちは、どうすればいいのだろうか。

こういう時、お母様に相談したら、この迷いに答えをくれるのかもしれない。


「そんな恥ずかしがらないの、可愛いわねぇ」

「……うん」


 頭の中で色んな思いが交差しつつも、奥の部屋を貸して貰って着替えて行く。

お母様の好きな水色のワンピースに袖を通すと、思った以上に着心地が良くて気持ちがいい。

後は、ロングポニーにしていた髪を下ろして、鏡を見ながら髪型を整えて、部屋を出ると


「──先生、もう入っていいわよぉ」


 私の姿を見て、嬉しそうに笑顔を浮かべたおばさまが、ゆっくりとした足取りで外に出ると、レースさんを連れて戻って来る。

まだ暗示の魔術を掛け直していないのに、今の姿を見られたら私は──。

そんな焦りを知らない彼が入って来ると、着飾った姿を異性に見せた事が今まで無い気恥ずかしさから。思わずうつむいてしまう。

……私はいったい、どんな顔をして彼を見ればいいのだろうか。

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