もっと時間が掛かるかもとは思っていたけど、二人で走っているうちに思いの他、早く村に着いた。
とはいえ……いくら心地良い強引さがあるとはいえ、人の腕を掴んで走り出すのは痛いから、次からはそういうのは止めて欲しい。
それに、家を出た時間が早かったおかげで、朝のうちに着いたからだろうか。
開拓の為に森へ行く村人や、彼らの護衛としてついて行く冒険者崩れの人達が忙しそうにしている。
「……あぁ」
「ダートさん、どうしました?」
「わりぃ、やっぱ先に服を買いに行ってもいいか?」
「別に構いませんけど、どうかしたんですか?」
いきなり服を買いに行きたいって、どうしたのだろうか。
気になってダートさんを見ると、何やら焦ったような表情を浮かべながら、民家の陰に身を隠し始める。
もしかしてだけど……ぼくの家に向かう前に、この村で何かひと悶着でも起こしたのだろうか。
それが理由で、先に服を買って着替えることで雰囲気を変えたいのかもしれない。
「おめぇ、俺が村で何かやらかしたと思ってんだろ」
「あぁ、いえ……そんなことは」
「……顔に思いっきり出てんぞ?」
ごまかそうとしたけれど、隠しきれずないで顔に出ていたようで指摘されてしまう。
昨日のやりとりを思い出しても、あの性格ならトラブルが絶えないだろうし……こればっかりは彼女の性格的な問題ではないだろうか。
ただ……それを言葉にする勇気がないから、これ以上考えが表情に出ないように横に逸らして誤魔化す事にする。
「おめぇ……咄嗟に顔を逸らすってことは、やっぱりそう思ってるってことじゃねぇか」
「いや……まぁ」
「勘違いすんじゃねぇよ!確かに酒場で喧嘩しちまったけど、怪我はさせてねぇよ」
「やっぱり、トラブルを起こしてるじゃないですか」
「これくらい、トラブルでも何でもねぇよ、冒険者の間だと良くあることだって」
良くあることだっていうけれど、どういう風に聞いてもぼくからしたら問題を起こしているように聞こえる。
そのおかげで、服を買いに行きたい理由がちゃんと分かった。
ダートさんの見た目的に、服装を変えただけじゃ整った顔立ちのおかげで直ぐにバレてしまうけど、髪型を変えて全体的な雰囲気を変えてしまえば、仮にすれ違ったとしても気付かれる可能性は低いだろう。
「ったく、思い出すと腹が立って来たぜ、喧嘩になったのは俺が悪いと思うけどさ……仕返しに、違う道を教えるのは違うだろうが」
「あぁ……自分が悪いって言う自覚、あったんですね」
「……うっせぇ」
急に逆ギレをされても、反応に困るからやめて欲しい。
けど、まぁ……とりあえず理由は分かったから、急いで服を買いに行こう。
その方がダートさんの心情的にも良いと思うし、それ以外には個人的に……これから助手として一緒に働いてもらう以上、出来れば余計なトラブルは避けたい。
「とりあえず事情は分かりましたけど……服を買いに行こうにも、服屋とその後に予定の雑貨屋は村の中央にあるのですが、着くまでの間顔を隠せるたりとかって出来ますか?」
「顔を隠せるもんなら、良いものがあるぜ?」
そう言葉にしながら、指先に魔力を集めて光らせると、空間収納の中から金色の刺繍が入った黒いローブを取り出して羽織り、フードで顔を隠す。
魔術師は、自身の得意属性に合わせた色のローブを持っている。
確か黒は闇属性で、金色の刺繍は精神に干渉する魔術に精通しているらしいけど、習得が凄い難しかった筈。
「ひとまずはこれでいいか?」
「えぇ、では行きましょうか」
これなら誰がどう見ても、高位の魔術を治めて高名な魔術師に見えるから、違う意味で注目を集めてしまう気がするけど、辺境の村には訳ありの人が多いおかげで、特に違和感はない。
そのおかげで、道中で人とすれ違っても珍しそうな顔で見られる事以外は、特に何のトラブルもなく服屋に着くことが出来た。
「……こんにちわ」
「はーい、いらっしゃませぇ……ってあら?先生じゃない、ここに来るなんて珍しいわねぇ」
店内に入り挨拶をすると、奥の方から人が良さそうな笑みを浮かべたおばさんが歩いて来る。
この人は、興味が無かったから名前を憶えていないけれど、辺境の村に診療所を構えてから病気や怪我をしたところを見たことが無いから、会うと少しだけほっとする。
「えぇ、お久しぶりです」
「ほんとよぉ……先生ったら、たまにしか村に出て来ないから、心配してたのよ?」
「はは……心配かけてしまって、すみません」
「あなたのお友達も心配しちゃうから、もっと顔を出し無いよぉ……あら?」
おばさんの目が、ぼくの後ろで気まずそうにしているダートさんを、まるで品定めでもするかのように静かに凝視する。
暫くして、楽しそうな表情を浮かべると、ものすごい速さで近付いて彼女の肩を掴む。
「あらぁ、あらあら……あらぁ!あなた、凄い美人さんねぇ!先生、こんなに綺麗な子、どこで捕まえて来たの?」
「捕まえて来たって……彼女は師匠に紹介して貰って、今日から助手として診療所で働くことになった、ダートさんです」
「あらぁ……ダートちゃんって言うのね?」
「えっあ……えっと、私その……」
わたし?今、私って言わなかった……?驚いて彼女の顔を見ると、何があったのか。
顔を真っ赤にしてあたふたとしている姿がそこにあって、先程までとは雰囲気が違い、、ありで別人のように見える。
「先生が服を買いに来るわけないし、もしかして今日はダートちゃんの服を買いに来たのかしら?」
「えぇ、ぼくが急かしてしまったせいで、着の身着のままで村まで来てしまったようで、替えの服がないらしくて……とりあえず適当でいいので選んで貰ってもいいですか?」
「……先生?適当に選んでって、あなたねぇ、女の子のお洒落を何だと思っているのかしら?」
何か変な事を言ってしまったのだろうか。
いきなりおばさんに睨まれたかと思うと、なぜか呆れたような表情で小さく溜め息を吐く。
……そういえば、以前師匠にも同じような事を言われたような気がする。
けど、お洒落について今まで気にした事が無いから分からないし、どんなに考えても分からない事は分からないのだから、しょうがないと思う。
正直、服なんて着れさえすればいいのに、それの何が悪いのだろうか。
「はぁ……もういいわ、ダートちゃんと話して二人で服を決めるから、あなたは外で待ってなさい」
「えっ、ちょ……」
おばさんがぼくの言葉を無視すると、身体を力強く押して強引に店内から追い出す。
……どうしてこんなことになってしまったのだろうか、なんで服を買いに来ただけなのに怒られて外に出されてしまっているのか。
この理不尽な状況に、思うところはあるけれど……言葉にしてしまったら、余計に怒らせてしまう気がする。
とりあえず、今は言われた通り大人しく服屋の外で待った方が良さそうだ。
「──先生、もう入っていいわよぉ」
暫くして、おばさんが外に出て来たかと思うと、考え事に集中していたぼくの肩を小さく揺らす。
一瞬驚いてビクっとしてしまったけれど、促されるままに背中を押されて中に入る。
すると……そこには、鮮やかな水色が映える、可愛らしい村娘風のワンピースに身を包んだダートさんがいて、頬を恥ずかし気に赤く染めて潤ませた瞳でぼくを見ていた。