目が覚めて着替えた後、部屋を出るとリビングから良い匂いがする……けど、少しだけ焦げ臭い。
こんな朝からダートさんは何をしているのだろうかと心配になるけれど、もしかしたら朝ご飯を作ってくれているのかもしれない。
昨日の感じだと、家の事は全てぼくがやらなければいけない気がしていたけど、どうやら思い過ごしだったのかもしれない。
勝手に決めつけるような事をしてしまって、申し訳ない気持ちになりつつも……ダートさんなりに気遣ってくれているのかもしれない、そう思うと嬉しくなる。
「……何を作ってくれてるのかな」
けど……彼女が料理を作れるのか分からないから、焦げ臭い臭いのおかげでちょっとだけ心配になる。
そんな嬉しさと不安が両立しているような、例え用のない複雑な気持ちを抱きながら、リビングへと向かうとドアをゆっくりと開けた。
「ダートさん、おはようございます」
「おうっ!おはようさん!」
すると元気な声が聞こえて来て、日常の変化を感じる。
今日からダートさんと一緒に暮らすわけだけど、異性と生活を共にするって思うと……意識をしないように考えようとしても、つい意識をしてしまいそうになる。
……それにしても、何を作ってくれているのだろうか。
もしかしてだけど、焼いたお肉だけとか?……いや、さすがにそんなことは無いと信じよう。
「飯ならもう用意出来てるから、冷める前にさっさと食っちまえよ?」
「あぁ、はい……ありがとうございます」
椅子に座りながら、テーブルに並べられている料理を見る。
これは、肉野菜炒めとちょっと固めのパン……少しだけ焦げているのが気にはなるけど、思っていたものよりかは、美味しそうで安心した。
……もしこれで、黒焦げで元が何か分からない物を出されていたら、間違いなく引き攣った笑みを浮かべていた事だろう。
「よしっ!それじゃあ一緒に食おうぜ?」
「えぇ、それではいただきますね」
「おぅっ!いただきますっと!」
ダートが元気よく手を合わせながら、祈るような声を出す。
……見た事のない作法で、理解が出来ずに困惑するけれど、それを顔に出すのは失礼だろう。
……細かい事を気にするより、作って貰った食事を美味しく頂くことに集中したほうがいい。
そう思いながら、意味は分からないけれど、彼女の作法に合わせて手を合わせ、祈りを済ますと食事を口に入れる。
「……どうだ?うまいか?」
この味付けは塩コショウかな……まずくはないけど少しつけすぎな気がする。
これは、しっかりと伝えるべきなのかどうか、少しだけ迷ってしまうけど、普段料理をしない人が、一生懸命作ってくれたような雰囲気を感じて、何だか微笑ましい。
「えぇ……とても美味しいですね」
「よしっ!お母様の言う通りだな!」
嬉しそうな顔でお母様の言う通りだと言うけれど、これは聞かなかった事にして流しておいた方が良い気がする。
それにしても……食べている途中で気付いたのだけれど、この濃い味付けはパンと合わせると美味しく感じて、自然と食が進む。
もしかしてだけど、その為に味を濃くしていたのかもしれない。
「どうだ?美味かったか?」
「……え?」
ダートさんの声を聞いて、お皿を見ると……食事を楽しむのに集中し過ぎていたせいか。
何時の間にか無くなってしまっていて、出来ればもっと食べたかった。
「ん?どうした?」
「いえ、凄い美味しかったです」
「おぉっ!もっと食いたいか?」
「えぇ、作って貰えるなら……お願いします」
ぼくの言葉が余程嬉しかったのか、うっし!と言葉にしながら不思議なポーズを決めている。
……確かに美味しかったけど、そう何度も聞く必要があるのだろうか、色々と気になるけれど、微笑ましいから別にいいか。
「ふふ、よしっ!ごちそうさまっと!これはもう俺の作戦勝ちだな」
「作戦勝ち……?」
「おぅっ!お母様もきっとこうしたに違いない!」
一人で舞い上がって、何やら変な事を言い出す彼女を見ながら、出して貰った食器を片す。
先程から口にしているお母様とはいったい誰なのだろうか、昨日は横暴な態度が悪目立ちしていたせいで気付かなかったけれど、もしかしたら面白い人なのかもしれない。
「……っとわりぃ、片付けさせちまった」
「いえ、気にしないでください、美味しいご飯を出して貰ったから、これくらいはしないと」
「おっ、そうか?……にししっ!ありがとなっ!」
そんなやり取りをしながら、二人分のお茶を用意してテーブルの上に置く。
椅子に座りながら、今日の予定を考えるけれど……この後は山から村に降りて、雑貨屋に行ったら、ダートさんの必要な物を色々と揃えよう。
いつもなら、大量に買うと運ぶのに苦労するけど、今回は空間魔術が使える人がいるから問題ない筈。
「おっ、お茶ありがとな、ところでさぁ……聞いてくれよ、朝起きたら背中が痛くてよぉ、それに肩まで凝ってしんどいのなんのって、やっぱり床で寝るもんじゃねぇな」
「だから、ベッドを貸そうと思ったのに」
「別に文句を言ってるわけじゃねぇからいいんだよ、愚痴だよ愚痴、それくらい聞いてくれって」
そんな他愛のない話をしながら、二人でゆっくりとした時間を過ごしているけど、これはこれで悪くないかもしれない。
長い間、一人で過ごして来たから新鮮なのもあるけど、家の雰囲気が明るくなったような気がする。
「あ、そういえばダートさん、この後雑貨屋に行って、必要な物を揃えようかなって思うのですが、何か欲しい物ってありますか?」
「ん?……そうだな、必要な物に関してはお前が適当に選んでくれていい、ただそうだな、雑貨屋に行った後でもいいから、服を買いに行きたい」
「服をですか?」
「あぁ、おまえの助手として診療所に顔を出したりするんだから、服装もそれなりにちゃんとした物の方がいいだろ?」
「あぁ……」
確かに、そう言われるとその通りだと思う。
今の服装だと、これから診療所で働く助手だと言われても説得力がない。
それに患者さんからしたら、いきなり露出の多い女性が出て来たら困惑する筈だ。
けど……合わせてくれるのは嬉しいけど、本当にそれで良いのだろうか。
「後は髪の色だけど、俺の色は凄い目立つし、地味な色に染めた方が良いか?」
「髪色ですか、んーそのままで大丈夫ですよ?」
「え?……いいのか?」
「えぇ、綺麗な色をしてるのに染めるは勿体ないじゃないですか」
その瞬間、彼女の顔を耳まで真っ赤に染まる。
もしかして、何か凄い失礼な事を口にしてしまったのだろうか。
そうだったら、謝らないといけないとは思うけど、特に思い当たるところがない。
「おまっおまえっ!綺麗っておまえなぁっ!」
「え?あぁ……あの、ごめんなさい」
「べ、別に怒ってねぇよっ!!ただ……いやなんでもねぇ!」
「何でもないって言われても──」
「みんなっ!今はこっちを見るんじゃねぇ!」
何やら挙動不審な行動をし始める彼女を見て困惑してしまう。
両手を顔に当て顔を真っ赤にしている姿を見ると、とてもかわいらしくて照れ臭い気持ちになる。
ぼくは、どうすればいいんだ……謝ってもだめ、見てもダメってなると何も出来そうに無い。
「……えっと」
暫くして落ち着いて来たかと思うと、いきなり腕を勢いよく掴んで引っ張って来る。
「ふぅ……とりあえず早く買い物に行くぞ?いつまでもこうやって喋ってると、陽が暮れちまうよ!」
「まって!いきなり腕を掴んで引っ張られると痛いよ!」
「うるせぇよ!おめぇがあんな気恥ずかしい事を言うのが悪いんだろうが!!」
確かに村までの距離は結構あるから、出るのが遅くなると日が暮れてしまう。
そのまま、引きずられるように共に家を出ると、村へと向かい二人で歩きだす。
こうして二人で暮らし始めて、一日目のにぎやかな朝が過ぎて行った。