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第10話 胃袋を掴もう ダート視点

 窓から差し込んで来た朝日が顔に当たって目が覚める。

感覚的に起きるにはまだ早い時間な気がするけど、寝る時間が早かったせいでこれ以上眠れそうにない。


 それに……床で寝たせいで背中が痛い、これならレースに悪いけどベッドを借りれば良かった。

けど、そうなったらソファーで寝かせることになるし、やっぱりソファーで寝るべきだったかもしれない。

……あぁ、それにしても昨日は久しぶりにまともな飯が食えて、更にはこうやって屋根のある環境で寝たおかげで、身体がだいぶ楽になった気がする。


「……それにしても、結構早い時間に目が冷めちまったな」


 さすがにここまで早いと、まだレースも起きて来ないだろうし……どうすっかな。

これからあいつと一緒に暮らす事にはなったけど、異性と一緒に暮らすのは実家にいた時しか経験が無い。

お父様を異性として認識するのもどうかと思うけど……、この世界に召喚されてからもう三年もの月日が経ってしまった。

帰れないと分かっているけれど、たまにこうやってもう会う事が出来なくなってしまった家族の事を考えてナイーブな気持ちになってしまう。


 幸いなことにこの世界にも魔法……ここでは魔術と呼ばれる魔力を使う能力があるおかげで、なんとか生活をする事が出来る。

けど……もし魔力の無い世界に来ていたらと思うと、何にも出来なくなってしまうだろうし、そう思うとどうなってしまうか分からなくて恐怖しかない。

口調や性格はこの世界で生きる為に、ばぁさんとじじぃに教えて貰った魔術で変えて……冒険者らしくしたらら乱暴な性格になってしまった。

もしお父様が、今の俺を見たらショックの余り倒れてしまいそうで……何だか、そう思うと今の自分がおかしく思えて、誰もいない部屋で一人失笑してしまう。


「……あぁ、一人でボケーっとしてると暗い事ばっかり考えちまうな、とりあえず体を動かすついでに何かやるか?」


 とはいえ、何かをやろうと言っても、居候させてもらってるてまえ、許可も無く勝手な事をするのは良くない。

けど……幸いな事にここはリビングで、近くにキッチンもある、だからレースが寝ている間に料理を作って出してやれば、あまりの美味さに驚いて腰を抜かすかもしれねぇ。


 正直、昨日のやり取りを思い出してみると、あの横暴な態度のせいで印象は最悪だろうから、こういうところで少しでも良くなるようにした方がいい。

それに……女は男の胃袋を掴んだら勝ちだと幼い頃にお母様が言っていた。

いや、まぁ……別に、そういう関係になりたいってわけじゃねぇけど、印象を良くするのは大事なことだし、何よりも面白そうだ。


「……とりあえず食材があるだろうし、適当に漁ってみるか」


 キッチンへと向かうと、辺境の割に様々な調理器具が揃っている。

魔力を燃料にして火を付けるかまどに、定期的に魔力を補充する事で食料の鮮度を保ち長期保存を可能にする冷蔵庫。

どれも高価な魔導具で、首都でしか見ないくらいなのに……何ていうか本当に、良い生活してる。


「……冷蔵庫の中には肉と野菜、それにパンと米、調味料か」


 一通りの物が冷蔵庫の中に揃っているのを確認すると、魔力を燃料にしてかまどに火を付けてフライパンを乗せる。

そして指先に魔力を集めて光を灯し、空間をブロック状に薄く切り裂くと……取り出した食材を豪快に投げ入れていく。


「……こうすりゃ包丁何て使わなくて済むからな」


 投げられた食材が、フライパンの上に落ちると同時にぶつ切りに分かれて行く。

後は、適当に調味料を振っておけば人が食えるものになる筈だと思いながら、切り裂いた空間を繋げて、フライパンの上において蒸し焼きにする。


「俺だって、お母様程じゃねぇけど料理くらい出来んだよ……」


 後はこのまま全体に火が通れば終わりだから、パンを出しておこう。

米も用意してやりたいけど、炊くのがめんどくさいから諦める事にした。


「にしし、絶対に美味いって言わせてやるぜ」


 あいつが美味いって言いながら喜ぶ姿を想像して、思わず笑みがこぼれる。


「あいつが起きてきたら、一緒に飯を食って──」


 食べ終わったらレースと一緒に村まで行って、日用品を揃えたりしよう。

とりあえずは床で寝続けるわけにはいかないから、ベッドを買った後は、替えの服を揃えに行った方がいいな……あいつの助手になる約束をしちまった以上、さすがにへそ出しルックに短パンという露出の高い服装で診療所に出るのは、どう見てもおかしい気がする。

それでも良いって物好きも患者の中にはいるだろうけど、そんな変態に好かれるよりもあいつに常識を疑われるは嫌だ。


「……後は、髪を染めるか?この世界だと珍しい色してるから、悪目立ちしそうだし」


 ロングポニーにしているくすんだ金色の髪を触りながら考える。

お父様から受け継いだこの髪の色は好きだから、出来れば変えたくない……それに長い髪も、魔術師にとっては魔力を溜め込むタンクとして使えるから、切りたくない。


 魔術を使う時は、体内の魔力と自然に存在する魔力を使用して術を発動する。

俺は魔力が多い方だけど、無尽蔵にあるってわけでは無いから、こうやって髪を伸ばして、体内で生成された魔力を溜め込む必要があるから、切って欲しいと言われたら切るけど……短くなったら護衛に影響しそうだ。


「とりあえず神の色はレースに聞いてから考えるか……ん?なんか焦げくさ……あっやっべ!」


 考え事に集中し過ぎて料理中である事を忘れていた。

そのおかげでフライパンの中の食材が、空間魔術で蓋をされているせいで曇って中が良く見えないけど、黒く焦げているように見える。

小さい頃にお母様から料理を教わっている時に、あなたは考え事をしながらはやめなさいって言われたっけ。


「……これはもしかしなくてもまずいか?」


 かまどの火を急いで消すと、急いで空間魔術を解いてフライパンの中を見る。

肉と野菜が少しだけ焦げているような気がするけど、たぶん……これくらいなら大丈夫だと思う。

とりあえずお皿を用意して盛り付けたら、そこにパンを乗せて終わりだ。


「……少し失敗しまったけどたぶん大丈夫だろ」


 料理が作っている間に、結構な時間が経ってレースが目を覚ましたのか、遠くで扉く開く音がする。


「お、起きたか?……にしし、絶対に美味いって言わせてやるからな?」


 そして、リビングまで足音が近づいてくると、ドアがゆっくりと開いて行く。

あいつが入って来て、この美味そうな飯を見たら喜んでくれるだろうか。

椅子に座って、美味いって笑顔で食べる姿が脳裏に浮かんで笑みがこぼれる。

これで胃袋を掴んで、落ちた信用を取り戻して汚名を返上してやるよ。

なんせ、今日から二人の新しい日常が始まるんだからな。

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