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第16話 治癒術師

 患者の元へ駆け寄ると、魔導具の眼鏡を着けて患者の容態を確認する。

当然のことながら意識は無く、不規則に浅い呼吸を繰り返しているし、患部を確認すると……今すぐに処置を施さなければ助からないだろう。


「せんせぇ!早く……早く助けてあげてくだせぇ!」

「オラたちの大事な仲間なんだ!頼むよ!」


 うるさい、集中して治療を行わなければいけない時に騒がれるのは、ストレスでしかない。

患者の腕に向けて構えている腕に、緊張から余計な力が入ってしまいそうだ。


「……申し訳ないのですが、レース先生が治療に集中できるよう、静かにして頂けますか?」

「けどよぉ……オラ、凄い心配で」

「お気持ちは分かりますが、静かに出来ないのでしたら、ここは私達に任せてあなた達は村におかえりください……レース先生の邪魔になってしまうので」

「……分かった、せんせぇ、こいつの事絶対に助けてあげてくれっ!」


 ダートさんが、うるさい二人を帰るように説得してくれたおかげで、おとなしく帰っていく。

この範囲のモンスターなら、護衛達のおかげで間引かれているおかげで、もし遭遇したとしても……彼等でも充分対処できるだろう。


「……邪魔だと思ったから二人は村に帰したぜ?」


 ダートさんからの情報を視野に入れて考えると、例のモンスターは獲物が弱り、息絶えて安全が確保出来てから、ゆっくりと食べるのを好むのかもしれない。

……だから、今も近くに潜んでいて患者が死ぬのを待っている筈、そういう意味でも二人に近くに居られたら邪魔にしかなかった。


「で?こいつはどうするんだ?」

「こいつじゃなくて患者です……まずは空間収納の中から麻酔の瓶を取って貰えますか?」

「悪かったな……これでいいか?」


 ダートさんから麻酔の瓶を受け取ると、長杖の先端に取り付けて自身の魔力と溶け合わせていく。

そして、患者の魔力と波長を合わせて体内に浸透させる。


「……へぇ」


 治癒術は自身と患者の魔力の波長を合わせることで、肉体に干渉し傷を癒す事が出来る。

それをうまく利用して、治療に必要な薬を溶かせばこのような芸当も可能だ。


「ばばぁがやってるのを見た事があったけど、それと同じくらいに手際がいいな」


 師匠の弟子だから、これくらいのことは出来て当然だ。

麻酔の本来の用途からはかけ離れているが、効果が出るのが早いから急を要するのならこれでいい。


 患者の体内に麻酔が行きわたり、徐々に呼吸が弱くなっていく。

効果が確認出来たのを確認してから、患者に口に長杖を近づけ空気の流れを作ると、酸素が体内に自然と行きわたる為の道を作る。


「後は……ダートさん、血を見るのがもし苦手でしたら目を閉じてください」


 患者の身体に長杖を近づけ、意識を集中すると煙を上げている患部を内側から、魔力の刃で切り落とす。

ダートさんからしたら、気が狂ったように見えるかもしれないけれど、彼を生かす為に必要なことだから仕方がない。


「おまっ!」


 彼女が驚いたような声を上げているけれど気にしない。

眼鏡越しに見える患者の情報だと、このまま処置をしなかったら幹部から心臓にかけて壊死していた。


「何で腕を!」

「……すみませんが、今は黙っていてくれませんか?」


 このまま毒で苦しみながら死んでしまうよりは、毒に侵された部位を取り除いた方が良い。

腕は……義肢を取り付ければ、慣れるまでは辛いとは思うけれど生活には支障がないだろうから、何とかなるだろう。

切断面から脈打つように勢いよく噴き出る血を止める為に、傷を修復して出血を止めながら、骨を削り形を整えていく。

一連の処置を終えた後、清潔な布を受け取ると患部をきつく縛り上げる。


「……これで問題無く、義肢が着けられるはず」

「だからっておまえ……ためらいなくやるなよ」

「……それが治癒術師としての仕事ですから」


 容態を改めて確認するけど、余りにも多くの血を失い過ぎている。

急いで輸血を行わなければいけない状況だけれど、この村には必要な設備が無い。


「……出来ればあまりやりたくないけど」


 患者の身体に掛かる負担が大きい為、必要だとはいえこの状態ではやりたくなかった。

でも、やらなければ命が助からない以上は必要な処置になるだろうし、治癒術師として患者の命を助ける事が義務だ。

患者の胸に手を触れると、魔力の波長を合わせ血液へと変換していく。


「……今度は何をやってんだ?」

「魔力を血液に変換してるんですよ」


 魔力はイメージ次第で、どのような形にでも姿を変えることが出来る。

ただ……変換の割り合いを間違えてやり過ぎると、魔力が欠乏し患者の容態を悪化させてしまう。


「とりあえず、ここでできる処置は終わりました」

「……ほんとに手際がいいな」


 処置が終わって緊張の糸が切れたのか、全身から大量の汗が出る。

後少しでも到着が遅れていたら患者の命は無かったかもしれない……そう思うと、間に合って良かった。


「ぼくには、これくらいしかできませんから」

「これくらいって……充分すげぇぞ?」

「いや、師匠と比べたら……」


 師匠ならぼくみたいにあれこれと考えずとも、感覚的に必要な治療方を見つけて治療を施すはずだ。

比べてしまうのは良くないとは思うけれど、今は上手く処置が出来た事に安心して、胸を撫でおろす。


「あぶねぇっ!」

「っ!?」


頭上に影が出来たかと思うと、何かが落ちて来る。

治療が終わって気が抜けていたせいで、モンスターの存在を一瞬忘れていた。


「避けろっ!」


 彼女の声に従い、咄嗟に患者を背負い後ろに下がれたことで、襲われずに無事だった。

一瞬、患者が生きているのにどうして襲って来たのか疑問に感じたけれど、もしかしたら麻酔の効果を獲物が死んだと勘違いしたのかもしれない。

けど……目の前にいるモンスターの姿を見ると、ここから先、無事に生き残れるか分からず、不安で足が震えてしまう。


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