目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第20話 二人の秘密 ダート視点

 リビングの扉が開くと青白い顔をしたレースさんが、リビングに入って来る。


「レースさん、お疲れ様です」


 心配になって声を掛けるけれど、反応が無い。

顔色も悪いし、無理をし過ぎて体調が悪いのかもしれないと思って、心配げに彼を見ていると、ソファーに近づいた彼が崩れ落ちるかのように床に向かって倒れ込む。


「レースさん!」


 咄嗟に椅子から立ち上がり彼を抱き留めようとするけれど、意識を失った彼の体重を受け止める事ができなくて、押し倒されるような形になってしまった。


「……レースさん、大丈夫ですか?」

「……すぅ」


 寝てる、安らかな寝息を立てて眠っている。

それも私に覆いかぶさった状態で……


「……どうしよう」


 何時までもこのままでいるわけにはいかない。

疲れて眠ってしまった彼を、起こすのも気が引けるし……


「このままじゃ重くて動けないし……あっ、そうだ」


 指先に魔力の光を灯すと、ゆっくりと私と彼の間にある僅かな空間を広げていく。


「……これで抜けられそう」


 何とか人が一人分、這って通れそうな隙間を作ると、腕の力を使って体を引きずるようにして、レースさんの下から抜け出すと、広げた空間を動かして宙に浮かんだ状態の彼をゆっくり床に下ろす。


「重かった、けど……」


 何故だか安心するような、落ち着くような匂いがした。

こんな時に何を考えているのかって感じだけど……本当に私はどうしてしまったのだろう。

目の前で安らかな寝息を立てている彼が、何故かとても可愛らしく感じる。


「そういえば……」


 昔……私が幼かった頃に、お母様が良くお父様の頭を膝に乗せて、愛おしそうに撫でていたのを思い出す。

あの時は何をしているのか分からなかったし、今も良く分からないけれど……このまま床に寝かせ続けるよりはいいかもしれない。

空間収納の中から、野営用の毛布を取り出すと床に敷いて彼をその上に移動させる。


「……何かちょっと恥ずかしいかも」


 お母様のやっていた事を思い出しながら、膝の上に彼の頭を乗せたけれど、慣れていないせいで長くは出来そうにない。。

……出来れば、その前に早く目を覚まして欲しいと思いながら頭を撫でてみる。

髪に触れる度に、適度にふわふわとした感覚が触り心地が良くて、何だか癖になりそう。


「……あなたの髪って、凄い触り心地が良いんですね」


 無意識に、そんな気恥ずかしい言葉が口から出てしまって、恥ずかしい気持ちになる。

当時は一人娘として、蝶よ花よと大切に育てられて来たから、異性と関わる事は少なかった。

この世界来て、冒険者になってからは依頼の都合で、異性と関わる事は増えはしたけれど、レースさんのように仲良くなれそうな人何ていなかったから、そのせいかもしれない。


「男の人の髪の毛って、もっとごわごわして肌触りが悪いかもって思ってたなぁ……」


 改めて彼を良く観察してみる。

昨日も思ったけど、本当に整った顔をしている……黒い髪に特徴的な水色の瞳。

今は眠っているから見えないけど、起きている時の優しそうな眼は、人を惹きつける魅力がある。


「んー……」


 このままだと何だか変な気持ちになりそう。


「……レースさんのメガネ」


 とりあえず何かをして気を紛らわせようとしたら、無意識に彼の顔からメガネを取っていた。


「かけてみようかな……でも、止めた方がいいかな」


 勝手に人の物を手に取って、そんな悪戯じみた考えをするのはどうなのか。

そんな事を思いながら、既に自分の中で出ている答えを正当化する為の言い訳を考えてみる。


「んー、でも……少しだけ、つけるだけならいいよね?」


 誰に言い訳をするわけでもなく、メガネを見つめると彼の顔をそっと覗き込む。


「……メガネって初めてかけるから、どんな風に見えるか気になるかも」


 言葉にしながらメガネをかけると、周囲をゆっくりと見渡してみる。

何故だか身体の中から魔力を吸われるような、それでいて視界が安定せずにふわふわとしているような新鮮な感覚に、思わず笑みがこぼれてしまう。


「何だか不思議な感じ……え?なに?」


 そのまま彼の顔を見ようとして、思わず視線が釘付けになる。

何時の間に髪を色を変えたのか、黒かった髪が綺麗な白に変わっており、窓から入り込む光を浴びて、きらきらと宝石のように輝いていた。


「……へ?診察結果、症状:貧血、状態:魔力を血液に変換中?」


 幻想的な光景に動けずにいると、視界に文字が浮かび上がる。

彼の今の状態についての診察情報、そしてどうして髪の色が変わったのか等の様々な情報がそこにあって……


「……そうなんだ」


 どうして髪の色を変えなければいけないのか、気になる事が沢山ある。

けど……私もこことは違う別の世界から来た事を彼に知られたくないから、彼から話してくれない限りは無理に聞く気はない。

だって、私だけが一方的に聞くのは違うと思うから……


「……うぅん」


 もうすぐ眼が覚めるのか、レースさんが膝の上で動き出す。

さすがに起きた時に私がメガネをかけてるのは良くないから、急いで外すとそっと彼の顔にかけなおす。

そして、目を覚ました時に驚かせないように、指先に魔力の光を灯すと暗示の魔術を掛けて、冒険者の私へと上書きをしていく。

いつか、お互いの秘密を打ち明けられる日が出来たらいいな……と思いながら。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?