意識を失っていたのは咄嗟に出た嘘だ。
本当はずっと意識があって、患者の体内に残っている毒を分析して血清を作る為に意識を集中していたから動けなかっただけなのに、気が強い彼女がここまで取り乱すとは思わなかった。
「生きて……る?」
「えぇ、生きてますよ?」
「……なんで?尻尾の蛇に噛まれてたのに、私のせいで首が抉れて沢山血が出てたのに……?あれ、なんで?傷が無い」
……とはいえ首の肉をいきなり抉られた時は、このまま死んでしまうのでないか焦って、集中が途切れそうになった。
「それは、えっと……ほら、ぼくは治癒術師ですからね、自分で治せますよ?」
本来なら、あそこまで深く首の肉を抉られてしまったら、いくら治療を行ったところで、助からないだろう。
けど……師匠の元に居た頃に作り出した新術のおかげで、部位欠損程度なら、患者の魔力と同調して身体に働きかける事で作り直すが出来る。
当時、新たな発見として学会に発表した際に、重鎮達が生命の冒涜だと声を荒げ、治癒術師の資格をはく奪し追放しようとする騒動が起きたせいで、世には出る事が無かった、ぼくしか使えない術だ。
幸いな事に、師匠がかばってくれたおかげで、追放されたりすることは無かったけれど、あの時受けた数々の嫌がらせを思い出すと、複雑な気持ちになる。
「レースさん!」
あの新術がどれほど楽器的で、何人もの命を救えるのかも分からないくせに、ぼくの意見を聞かずに一方的に禁術に指定して、世に出す事を禁じするなんて……。
当時の事を思い出して、暗い感情に心が支配されそうになった時だった。
「……え?」
目に大量の涙を浮かべたダートさんに、いきなり抱きしめられる。
……いったいどうしたのだろうか、もしかして何か変な事でもしてしまったのかと思って考えては見るけれど、納得の行く答えが出て来なくて困惑してしまう。
「……落ち着いてください」
どうして彼女は涙を流しているのだろうか。
何をそんなに喜んでいるのか分からなくて、困惑してしまう。
「今はこうしているよりも、患者を診療所に連れて行く事を優先しないと……」
「え……えぇ、そ、そうですね」
恥ずかし気に頬を染めた彼女が、何やら焦ったような仕草をして突き放すように離れる。
……動けなかった状態から解放されたけど、余りにも様子が違い過ぎる彼女を見て、どう言葉を駆ければいいのか分からなくなるけど……今はそんな事よりも、毒を解析して作った血清を使って早く治療を始める事を優先した方がいい。
「とりあえず、ぼくが患者を背負って診療所に向かうので、ダートさんは先に戻って室内の換気とベッドのシーツを清潔な物に変えておいてください」
「わかりました!待ってますのでレースさんも早く来てくださいね?」
彼女が短杖を手に持ち指先に魔力の光を灯すと、人が一人通れる大きさに空間を切り裂く。
すると……向こう側にぼくの家が映し出されると、そのまま中に飛び込んでいく。
「……えぇ?」
目の前で閉じて行く空間を見て思わず声が漏れる。
【空間跳躍】だなんて高度な術を使えるなら、ぼく達も連れて行ってくれれば良かったのに
「あぁ、でも……うん、何か落ち着きが無かったし、結構焦ってたのかもなぁ」
彼女がいなくなった森の中で、誰に言う訳でも無く一人小さく呟くと、患者を背負って歩き出す。
身体に負担を掛けないように、治癒術を掛けながらだからいつもよりも疲れたけれど、モンスターに遭遇する事無く家に着くと、中からダートさんが飛び出して来て……
「レースさん、準備は既に出来てますよ!」
「ありがとうございます、とりあえず後はぼくがやるので、ダートさんは呼ばれるまでリビングで待機しておいてください」
「わかりました……あ、そうだ、レースさんの長杖も必要だと思ったので診療所に運んでおきましたよ」
そう言えば……患者の事を気にするあまり、長杖の存在を忘れていた。
彼女が運んで来てくれたことに感謝をしつつ急いで診療所に入ると、指示通りにしっかりと行動をしてくれたようで、これなら今すぐにでも治療ができそうだ。
背負っていた患者を清潔なベッドの上に寝かせると、直ぐに診察を始める。
「……まずは体内に残った毒が、どこまで影響を及ぼしているのか確認しないと」
診るかぎり……まだ全身に毒が回っていないから、これなら助かりそうだ。
壁に立てかけられた長杖を手に取り、患者の身体に当てると目を閉じて意識を集中すると、魔力を同調させて体内で精製した血清を体内に移していく。
血液が減っていく感覚に眩暈を覚えて、意識が途切れそうになるが耐えるしかない。
「……よし」
暫くして、体内に入った血清の効果が出て容態が落ち着いて行く。
これでもう大丈夫だろうから、少しだけ……そう、少しだけでいいから彼が目を覚ますまでの間だけでも休ませら貰おう。
極度の疲労と貧血からくる眩暈に耐えながら、身体を引きずるようにダートさんが待機してくれているリビングに向かって歩き出す。
「──さん、お疲れ様です」
とりあえずソファに横になろうかと思いつつ、リビングに入るとダートさんが何やら話しかけてくれるが、返事を返す前に誰かがいるという安心感からそのまま倒れ込んでしまう。
遠くなり薄まる意識の中で、悲鳴のような声が聞こえた気がするけど、きっと……気のせいだ。