目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第18話 亡骸 ダート視点

 レースの声に反応して、咄嗟に振り向いたけれど……目の前に迫る蛇を見て、既に回避が間に合わない事を悟る。

これは死んだかもしれない、そう思うと恐怖で身体が竦んで身を守る事すら間に合わずに……


「ダートさん!」


 首筋に噛みつかれるかと思った瞬間に、レースに体当たりをされて突き飛ばされる。


「……ぐっ!」


 予想が出来ない状況に受け身を取る事すら出来ずに、地面を勢いよく転がる身体が樹にぶつかって止まる。

全身の痛みに耐えながらなんとか立ち上がり、眩暈がする視界の中でレースを見て


「おまえっ!なにやってん……だ……?」


 声を荒げて抗議をしようとして、目の前に映る光景に思わず声を失う。

地面に倒れたレースの首に蛇が食らい付いた状態で息絶えている。


「おま、うそ……」


 急いで駆け寄って彼の様子を見ると、倒れたまま息をしていない。

……護衛として来たのに、レースさんを守れずに死なせてしまった、これはいったい何の冗談だと思うけれど、全然笑う事が出来ない状況に、気が遠のきそうになる。


 なんで……?私とレースさんは出会ってからまで二日目なのに、どうして私なんかを助けてくれたの?


「……どうして?」


 今の状況を頭が理解するのを拒んでいるせいで、思考が現実を拒否しようとぐるぐると回る。

この事実を認めてしまったら、耐え切れずに壊れてしまいそうで……


 初めて親しくなれそうな人に出会えたかもしれないのに、守り切れずに……私を守って死んでしまうだなんて……冒険者をしている以上、人の死は身近にあるものだから……嫌でもなれるしかなかった。

でも……


「ねぇ、起きてよ……レースさん、ねぇ!」


 もう目を覚ます事が無いって分かっているのに、理解をするのがいやで、必死に彼の身体を揺すって声を掛ける。

でも、返事が返って来ることは無くて、それでも……声を聴きたい、そばにいて欲しいと思うのはおかしいのかな。

……この世界に来て、一人で生きるのにも慣れて強くなった筈なのに、また独りぼっちになるのが怖い。


「……首の蛇を外せば」


 もしかしたら、首に噛みついて絶命している蛇のせいで、目を覚まさないのかもしれない。

手で掴んで強引に口を開いて外そうとするけど、私の力では取れそうにない……だから空間魔術を使って取り除こう。


「直ぐに助けるから」


 短杖に魔力を込めると、意識を集中してレースさんの首と蛇の頭の間に魔術で空間の穴を空けて、どこにでもいいから適当な場所へと繋げる。


「……痛かったらごめんね?」


 開いた空間に飲み込まれるようにして、蛇が吸い込まれて行く。

その際にレースさんの首の一部が抉れ、大量に出血をしてしまったけど……大丈夫だと思う。


「なんで?なんで起きてくれないの?」


 これで目を覚ましてくれると思ったのに、どんなに待っても目を開けてくれない。


「……どうすればいいの?」


 後は何をすれば、レースさんは目を覚ましてくれるのか。

考えれば考える程、どうすればいいのか分からなくなって、焦りで呼吸が苦しくなっていく。


「……ねぇ、どうしたらあなたは目を覚ましてくれるの?」


 目の前がどんどん暗くなっていく視界の中で、妙に冷静になった思考が……今の私が正気ではない事を教えてくれる。

情けない、無力な私に嫌気が差す……何がAランク冒険者だ。

何が……泥霧の魔術師だ、そんな立派な二つ名を持っているくせに、今の私はただの無力が人間でしかない。

なにも出来ない自分に対する悔しさに、思わず涙があふれるように流れ、まともに彼の顔を見る事すら出来なくなってしまう。


「どうしたら目を覚ましてくれるのって言われても」

「……え?」


 レースさんの声が聞こえる。

現実を受け入れたくないせいで、幻聴が聞こえてしまったのかもしれない。

でも……もしかしたら本当に眼を覚ましてくれたのかも、そう思って流れる涙を必死に止めようとするけれど……


「ただ、少しだけ意識を失っていただけなんですけど……」


 今度は幻聴でも、聞き間違じゃない……レースさんの声が聞こえる。

死んでしまったと思っていたのに、どんなことをしても、精一杯頑張っても、目を覚ましてくれなかったのに、驚いて止まった涙と共にぼやけた視界の中で、困惑した表情を浮かべた彼がいて……


「……レースさん?ほんとうに?」

「どうしました?何か妙にしおらしいですけど……」


 必死に暗示の魔術を掛けて冒険者の私になりたいけど、心が乱れて上手く使う事ができない。

けど今はそれでもいい……目の前にいる彼の顔にそっと手を添えると、先程とは違って暖かい、血の通った彼がいる。


「生きて……る?」

「えぇ、生きてますよ?」

「……なんで?尻尾の蛇に噛まれてたのに、私のせいで首が抉れて沢山血が出てたのに……?あれ、なんで?傷が無い」


 しっかりと見えるようになってきた視界には、噛まれた傷跡も……肉が抉れた痛々しい姿も無い。


「それは、えっと……ほら、ぼくは治癒術師ですからね、自分で治せますよ?」


 カルディアさんですら、あそこまでの傷を治すのにかなりの時間を必要とするのに、この短時間であっと言う間に治してしまった。

本当に驚いたりするタイミングなんだと思う、けど今は……


「レースさん!」

「……えっ!?」


 そんな事はどうでもいい。

理屈とかじゃなくて、今はただ……感情のままにレースさんの事を強く、ただひたすらに強く抱きしめる。

彼が生きている、その事がただただ嬉しくて、感情と共に止まった涙があふれてくる。

今はただ、彼が助かった喜びに浸っていたい。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?