──誰かの声が聞こえる。
いったい誰だろうか、ここにはぼくしかいない筈なのに……
「──い!」
それに、どうして目を閉じているのだろうか。
思い出そうとするけれど、体中が痛くて……
「おいっ!レース!起きろって!」
それでも必死に記憶を手繰り寄せて思い出してみる。
あぁ……そうか、患者さんを怒らせて、彼の気持ちを落ち着かせる為に殴られたんだ。
「何があったんだよ!」
それにしてもこんな大声で名前を呼んだり、身体を揺すって来るのは誰だろうか。
動かされる度に痛みが走って辛い……。
「起きろ、起きてくれよ……」
思い出した、確かこの声はダートさんだ。
彼女に心配をかけさせないようにドアの鍵を閉めたんだっけ……でもおかしいな、簡単に開くような物では無かった筈なのに、どうして近くにいるのだろうか。
気になって、重い目蓋をゆっくりと開けて周囲の様子を見ようとすると……。
「……これは?」
診療所のドアが空間ごと削り取られたかのように、歪な形になって抉られている。
もしかして……ぼくの返事が無い事に心配した彼女が、魔術を使って壊したのだろうか。
「お、おめぇ……やっと起きたのかよ」
顔を赤く染めて眼に涙を浮かべた彼女が、焦ったように顔を逸らす。
「心配させてしまってすみません」
結局心配を掛けさせてしまった事に関して、少しだけ申し訳ない気持ちになりつつも、少しだけ嬉しい気持ちになって……そんな気持ちを隠す様に、ゆっくりと立ちあがり椅子に腰かけると、彼女を顔を見て申し訳なさそうに謝罪の言葉にして伝えてみる。
「謝るくらいならカギなんて閉めんじゃねぇって言いたいけど、ちゃんと謝れたから許してやるよ……で?何があったんだよ」
「……患者さんを怒らせてしまいまして」
「怒らせたって、おめぇ……何を言ったんだよ」
何を言ったと言われても、治癒術師として伝えなければいけない事を、相手に伝えただけだ。
「……いえ、特に」
「特にって、何か怒らせるような事を言ったんだろ?聞いてやるから良く考えてみろよ」
良く考えてみろと言われても、間違えたことは一つも言っていない筈だ。
「目を覚ました患者さんに今の状況を伝えて……」
「おぅ」
「失くなった腕は、もう戻らないって直接伝えました」
「……言葉を濁したりせずに直接?」
「……はい」
複雑そうな表情を浮かべると、少しだけ距離を取るように離れて近くにあるベッドに腰かける。
「おめぇさ……そりゃあここまでボコボコにされても文句言えねぇわ」
「……えっと」
「いいか?よぉく考えてみろ、目を覚ましたら自分の腕が無くなっててショックを受けて、どうすればいいのか分からないくらいに絶望してる奴に、そんな事を言ってどうすんだよ」
「けど……治癒術師としては、しっかりと伝えないと……」
「おめぇの中ではそれが正解なのかもしれねぇけど、こういう時ってまずは患者に寄り添ってあげるべきだったんじゃねぇの?」
──彼女が言いたい事も分かる……けど、
「患者に寄り添って嘘をついて、一時の希望を持たせて期待をさせてしまうよりは、しっかりと伝えた方がいいじゃないですか」
──その考えには同意する事が出来ない。
「ったく、そんなんだから……相手が事実を冷静に受け止める事が出来ずに、錯乱して暴れんだろうが」
今度は先程とは違い、真面目な表情を浮かべてベッドから立ち上がり近づいてくる。
そして……
「おめぇさ、相手の事ちゃんと見てねぇだろ」
と言葉にしながら睨みつけて来る。
それにしても……ぼくが相手の事をちゃんと見ていないとは、何を言っているのだろうか。
今もこうして目の前にいる彼女を事を見ているおかげで、気性が荒くて、言葉遣いも荒い人だってことを理解しているつもりだ。
患者さんに対しても、相手を見て事実を伝えた筈。
「……何が言いたいんですか?」
「はぁ……おまえが同じ状況になった時に、無くした腕は二度と戻りませんって言われたらどう思う?」
「どうって……」
目を覚ましたら腕が無くなっていて、元には戻らないと言われたら……そんなの嫌に決まっている。
「……嫌だと思う」
「だろ?ったく……おめぇがやられて嫌な事を相手にやるんじゃねぇよ」
ただ……それでも、あの時のぼくの行動は間違えてはいないと思う。
相手に真実を伝えるのは必要な事だし、患者の心情をくんで適切な対応をしろっていうのは、無理がある話だ。
ぼくはそれを完璧に出来るような完璧な人間では無いし、求められても出来ない。
「……それが治癒術師として、相手に伝えなければいけなくても?」
「そこはおめぇさ、伝え方を工夫すればいいだろ?」
「あ……」
ダートさんと同じ言葉を以前、師匠からも言われた記憶がある。
「それにさ、おめぇ……村の人達が仲良くなろうとしても、丁寧な言葉使いで距離を作って、ちゃんと話し合おうともしてねぇんじゃねぇのか?」
「……それに関しては、相手との距離感は必要な事だと思いますよ?」
……彼女は何が言いたいのだろうか。
今回の事に関しては、ぼくが悪いと思っているから……素直に聞いてはいるけれど、ここまで言われる程の事なのだろうかと、疑問に感じてしまう。
「そりゃあおめぇ、距離感は大事だぜ?……けどさ、おめぇがやってんのは壁を作ってるだけだろ」
「……つまり?」
「自分は治癒術師として、こうあるべきとかっていう風に、難しく考えるんじゃなくて、自分のやりたいようにして、相手と接してみろって事だよ」
とりあえず、ぼくのやり方が間違えているって言われているのは分かった。
けど……これに関してはしょうがない、だってこれがぼくだし、そもそも、こういう価値観の人間なんだから。
「……癪に触るところはありましたが、取り合えず言いたい事はわかりました」
「癪に触るっておめぇ、そりゃあ自覚している部分を指摘されて怒られたら、ムカつくのは当然だろ?」
ここまで好き勝手に上から目線で言われたら、不快に思うのは当然だ。
……正直、師匠の手紙が無かったら、今すぐにでも彼女を追い出してしまいたい。
知り合ってから二日しか経ってないくせに、まるでぼくの事を全て分かっているかのような言い方に、思わず言葉が強くなりそうだ。
「……それでぼくを怒らせるって、分かっていてもやるんだ?」
「必要ならやるだろ、お互いを知る為にはぶつかり合う必要もあるしな」
「……そこまで言うという事は、喧嘩になっても良いってことですか?」
「今はそれよりも、やる事があんだろ?」
そう言葉にしながら、ぼくの側から離れると外へと続く扉を開ける。
「……やる事ですか?」
行動と言葉の意味が分からなくて、先程までの怒りが何処かへと行ってしまう。
「今すぐ患者の元へ行って謝ってこい!」
「あ……」
「おめぇさ、こんな年下のガキに言われて恥ずかしくねぇのかよ」
もしかして、ぼくにこの事を気付かせる為に強く言ってくれたのだろうか。
「すみません、ぼくが間違ってました」
そう思うと恥ずかしくなる。
ダートさんの言う通りだ……まずは言われたように、しっかりと謝りに行こう。
「おう、さっさと行ってこい」
彼女に見送られて、返事をする事も忘れて家を飛び出すと、患者さんのいる村へと急いで向う。
着いた後に、彼が何処にいるのか色んな人に聞いて回ったけれど、どうやら家に戻って直ぐに荷物をまとめて家を出て行ってしまったらしく。
それでもと、淡い希望を抱いて尋ねてみたけれど、荒れ果てた室内にぼくがしてしまった事の大きさを知って、謝罪もできずに、ただただ……やりきれない気持ちになりながら、帰路に着くのだった。