どんな顔をして帰ればいいのだろう……そんな事を考えながら、家の前に立ちつくす。
ダートさんにあそこまで言って貰って、謝りに行ったというのに何も出来なかった。
「……入りづらいな」
ぼくはどうすれば良かったのだろうか。
あぁでもない、こうでもないと、頭の中で考えて悩んでしまうけれど、どうしようも無い状況になってからでは、余りにも遅すぎるだろう。
「……おめぇ、家の前で何やってんだよ」
玄関の扉がゆっくりと開くと、不審者を見るような仕草で彼女が顔を出す。
まぁ……家を飛び出したと思ったら、暗い雰囲気を漂わせて帰って来たら……そんな顔もするだろう。
「……すみません」
「すみませんって、ここはおめぇの家なんだから堂々と入ればいいだろ」
……確かにそれもそうだ。
どうしてぼくは、玄関の前でずっと立ちつくしていたのだろう。
「とりあえずボケっとしてねぇで入れよ」
「えっと……」
けど……そんな自分の思いとは違って脚が鈍りのように重く感じる。
「あぁもう、じれってぇな!」
「うわっ!」
ぼくの煮え切らない態度に痺れを切らしたのか、いきなり腕を掴むと強引に家の中へと引っ張ると、そのままリビングまで連れて行く。
「まぁ、とりあえず椅子にでも座れよ」
彼女の言葉に何も言わずに頷いて座ると、何故かダートさんが隣の椅子に座って……
「……で?何があったんだよ」
何となくだけど、ぼくの態度で何かがあったことを悟ったのだろう彼女が、笑顔を浮かべて聞いて来る。
……話しやすいようにしてくれているのだろうけれど、逆に言いづらい……けど、下手に隠すような事をしてしまったら、更に怒らせてしまいそうだから、ここは素直に伝えた方が良さそうだ。
「……患者さんのところに謝りに行ったら」
「うん」
「あの、家に帰った後直ぐに荷物をまとめて、村を出て行ってしまったらしくて……その、それでももしかしたら帰っ来るかもって、家を教えて貰って行ったら、荒れた部屋しかなかったというか、それで……謝る事が出来ませんでした」
「あぁ、うん……そうなったかぁ」
状況を詳しく説明しようとしたら、むしろ逆に変な感じになってしまった。
けど……特に指摘されるわけでもなく、相槌を返してくれながら聞いてくれる。
「……ぼくはどうすれば良かったのでしょうか」
……それにしても、どうして彼女は話を聞いてくれるのだろう。
こんな面倒くさい話に耳を傾けてくれるのは嬉しいけれど、正直ぼくにはダートさんの考えが理解できないでいる。
「どうすれば良かったっておまえ、出て行ったんならそれでいいんじゃね?」
「……え?」
彼女は今なんて言ったのだろうか。
「それってどういう……」
出て行ったのならそれでいい?謝りに行けと言ったのに……言葉の意味が理解できない。
「だってさ、謝ろうとして行動したけど出来なかったんだろ?」
そうだけど、ぼくは患者さんに謝る事が出来なかった、その現実が心に罪悪感となって重くのしかかって来る。
「……はい」
「自分から悪いと思って、相手に頭を下げようと行動で来たんだから……それでいいだろ」
それのどこがいいのかが分からない。
謝罪をしに行った以上、しっかりと患者さんに伝えるべきだと思うのだけれど、もしかして……ぼくの考え過ぎなのだろうか。
「おまえは納得出来てねぇみたいだけどさ、出て行っちまったんだから謝れねぇだろ?」
「……それはそうですけど」
「ならもうこの事は終わりだ、何時までもくよくよと悩んでんじゃねぇぞ?」
「……あなたって人は」
──本当に良く分からないし、こうやってぼくの悩み何てどうでもいいっていう風に笑う彼女を見て、何だか自分が小さい人間のように感じてしまう。
今までなら、自分のペースで……やり方でやっていたけれど、何だかそれも上手く行かなくて、何だかこの人に振り回されているような気がして納得が行かない。
「あ、ところでさ……ちょっといいか?」
「……はい?」
「おまえさ、俺にここまで好き勝手に振り回されたり、上から目線で偉そうな態度取られたりしてんのに、どうして怒らねぇの?」
確かに、ここまで色々と言われたりされたら……怒った方がいいのだろうけど……怒り方が分からない。
今まで生きて来た中で、誰かと喧嘩をしたり……感情に任せて、強い言葉や嫌な気持ちを相手にぶつけるような事が無かったから、どうすればいいのか分からなくて言葉に詰まってしまう。
「……それにさ、これから一緒に住むのにいつまでそうやって、丁寧な言葉遣いで話しかけくんの?」
「いつまでって言われても……」
「そういうの距離を感じるから止めた方がいいんじゃね?」
丁寧な口調で相手に接する事の何が悪いのだろうかとは思うけれど、確かに彼女の言う通り、人の間に距離を取っているのは確かだ。
だって、その方が患者さんに接する時に良い思うから、そこまで変えろと言われたら……師匠には悪いけど、ぼくは彼女を受け入れる事が出来そうに無い。
「……患者さんに対しても、丁寧に接するのは止めた方がいいですか?」
「何言ってんだ?おめぇさ……仕事の時は別だろ」
「……ありがとうございます?」
「ん?お、おぅ」
良かった……ここでそうだと言われたら、ぼくは間違いなく彼女をこの家から追い出していたと思う。
「……って事でさ、試しに俺の事をダートさんじゃなくて、ダートって呼んでみろよ」
彼女が悪戯な笑みを浮かべながら、ぼくの顔を見つめて来る。
……もしかして、考えすぎかもしれないけど、ここまであれこれと言って来たのは、名前を呼ばせたかったからかもしれない。
「じゃあ……ダート」
「にしし、それでいいんだよそれでよ」
「えっと?」
「そんな感じで、人との距離感を少しずつ治していきゃ、同じ失敗を繰り返さなくなるだろ?」
隣で、楽しそうに笑う彼女を見ていると、辺境の村に来て離れた場所に診療所を構えてから、仕事の時以外一人でいる事が多かったせいで、変に意固地になってしまっていたのかもしれないと感じる。
彼女が側にいてくれるなら、そういうところを少しずつ治せるだろうし、もし……ぼくが嫌だと言っても、今みたいに支えてくれる気がする。
……そんな彼女の気遣いに何だか暖かいものを感じて、彼女の生活も悪くないかもしれないと思った。