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第26話 よく食べる人

 リビングに入って来た彼女を見て、思わず微笑ましい気持ちになる。


「……おぉ、これはめっちゃ美味そうだな」


 夕飯は朝の味付けを考えて、同じようにしてみようと思いつつ、お肉を香草と一緒に炒めてぼくの好きな味にしてみた。

彼女の味覚に合うかは分からないけれど、美味しそうだって思ってくれているのなら良かったのかもしれない。


「さて、食べましょうか」

「おぅっ!匂いのせいで腹減って限界だったんだよ、んじゃ……いただきます!」


 元気な声で話しながら、勢いよく椅子に座ると食器を手に取って食べ始める。

昨日も思ったけれど、本当に気持ちの良い食べ方をする人だ……。


「ごちそうさまっ!」


 あっと言う間に食べ終わってしまった彼女を見て、嬉しい気持ちになる。


「昨日のも美味かったけど、今日のも良かったぜ?」

「ありがとうございます」


 まだ食べ終わっていないぼくを見ながら笑顔を浮かべる彼女を見て、何だか待って貰っている事に少しだけ申し訳ない気持ちになる。


「あの……待たせてしまって、申し訳ございません」

「気にすんなって、俺が早く食い過ぎただけだしさ」


 それなら早く食べないで、もう少しゆっくりと食べたらいいのにと思いながら食べ終わると、ダートが食器をまとめてキッチンへと運んでくれる。


「さって、食い終わった事だし、ちょっとだけ話をしようぜ?」

「……話ですか?」

「おぅ」


 既にあらかた細かいやりとりは終わったはずだけど、いったい何の話がしたいのだろうか。


「ほら、明日から助手として働くだろ?」

「あぁ……」

「でさぁ、どうすりゃいいんだ?そこんとこ聞いてなかった気がしてさ」

「そういえば話してませ……なかったね」


 どうすればいいのかって言われても、正直……特にやって貰うような事は無い。

彼女は治癒術が使えないし、魔術師に何ができるのかと言われたら反応に困る。


「……おめぇ、その顔を見るに何も考えて無かったろ」

「えっと……」


 研究職に就いたり、国に仕えて兵士や騎士になる事が多い魔術師では、治癒術師のサポートは出来ないだろう。

それを考えると……薬に関する知識も無いと思うし、そこから教えて行くとして、助手としては何をして貰おうか。


「すみません」

「謝らなくて良いって……んー、じゃあとりあえず、俺でも出来る事を探しながらやってみるわ」


 確かに、出来る事を探して貰えると個人的には助かる。

雇う側の人間が考えるような事では無いと思うけれど、今まで一人でやって来たから正直、助手と言ってもどうすればいいのか分からない。


「後はさ、助手として働く以上は護衛の依頼とは別に、金を貰いたいんだけどさ」

「あぁ……どれくらい欲しいですか?」

「どれくらいって、この村で生活出来る範囲なら、幾らでも問題ねぇよ」

「なるほど、わかりました」


 本当にこの村で生活できる範囲の給金でいいのか心配になるけれど、彼女がそれでいいと言うのなら、言われた通りにしよう。


「んじゃあ……もう話も終わったし、洗い物とかは俺がやっとくからレースはさっさと休め」

「……え?でもそれだと──」

「遠慮すんなって、これから一緒に住むんだからこれくらいはやらせろよ」


 やってくれるなら、お願いしてしまった方が良いだろう。


「それならお願いします」

「おぅ、一応だけど……さっきから疲れた顔してるから無理すんなよ?」

「えぇ、部屋に戻ってゆっくりと休ませて貰いますね」


 確かに彼女が言うように、今日は凄い疲れた気がする。

けど……部屋に戻って、食後の身体で直ぐに寝るのは健康に悪いから、少しだけ間をおいてから寝ようか、それとも気にしないで直ぐに寝てしまおうか。


「おやすみ、あんまり夜更かしとかしないでさっさと寝ろよ?」

「多分、今日は疲れてるので直ぐに寝ると思いますよ?」

「んー……ならいいけどさ」


 彼女に見送られながらリビングを出ると、暫くして機嫌が良さそうに鼻歌交じりの歌声が聞こえてくる。

何だか元気そうだなって感じて、少しだけ羨ましく感じるけど……冒険者をやっている以上、荒事には慣れているのかもしれない。


「久しぶりに戦ったから……凄い疲れた」


 とりあえず部屋に戻る前に、お風呂に行こうと思ったけど……治癒術で身体を清潔に保つ事が出来るから、別に今日は入らなくても良いだろう。

それにしても、この二日間で色んな事があり過ぎたおかげで、予想以上に疲労を溜め込んでしまっている気がする。


「さすがに今日はもう寝ようかな」


 もしかしたら暫くは落ち着くまでの間、同じように慌ただしい日々が続くのかもしれない。

そう思ったら少しだけ憂鬱な気持ちになるけれど、同じ位にこういう非日常的な生活も面白いかもしれないと、楽しみにしてもいて……


「明日はいったい、どんなことがあるんだろうなぁ」


 と一人で呟くと、扉を開けて自分の部屋に入り、着替えすら忘れてベッドの上に横になる。

そして重い目蓋をゆっくりと閉じると、深い眠りへと落ちるのだった。

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